2019.11.09

フィルムの正しい使い方

特に何をするでもなく Twitter を見ていたら、茶を吹き出してしまうような Tweet を見付けるに至った。

ポエムっぽい文章が綴られ画像も添えてあったのだが、その文章と画像の間が相当離れていた。他人が何を書こうが勝手だし、添える画像も公序良俗に反していたり、私に対しての非難、中傷でなければどうでもいい。しかし、その、なんだ、言行不一致さが余りに激しく投稿主の無知さが前面に押し出されていると、茶を吹き出し、さらにはへそで茶を沸かす以上のレベルで、もう、何処からツッコめばいいのかが判断できない。

2019_11_09-kodak_20191109022401 これは炎上なのか、それとも哀れんでいるのか、無知を指差して笑っているのか、あるいは全てか、とにかく、アナログ臭漂うカメラのフィルムを、パトローネから一気に引き出している女性と、カッコよさを狙った(のかもしれない)ポエムみたいな文章が書かれていた。

投稿主がこの騒ぎに気付いて削除されてしまうのもアレなので、とりあえず、スクリーン・ショットで件の Tweet を保存しておいた。
ついでに Tweet の本文も転記してしまおう。

フィルムカメラに魅了されて。
フィルムの中には記憶が詰まってる。光にかざすとなんだか少し見えてくる。
フィルムを入れて写真を撮ってワクワクしながら現像して、その後写真にして初めて撮ったものを見ることができる。
ワクワクしながら待つ時間があるからこそ見ることができた時の感動が大きい

確かにね、フィルムカメラでしか味わえないワクワク、ドキドキ感は感じられる。
けどね、けどさ、パトローネからちょっと出ているフィルムの端っこ(通称はベロで良いだろう)を一気に引っ張り出す行為はどうよ・・・。

多分、恐らく、このフィルムでは何も写していないとは思う。一般人であれば、撮影を終えたフィルムは全てパトローネの中に入り、ベロ出し器を使わないとフィルムを引っ張り出すことはできないだろう。仮に、ドライバーでも差し込んでパトローネの中に全部巻き込まれたフィルムの先っちょを見付け、それを引っ張り出したとしても、その段階でフィルムに焼き付けられた画像のほとんどはオジャンだと思う。

また、使い切りカメラ、有名なメーカーの某一眼レフカメラのように、フィルムを装填すると、カメラがフィルムを一気にカメラ側に巻き取り、撮影が済んだフィルムをパトローネに戻すタイプも存在する。フィルム一本を使い切ったら、パトローネだけがカメラ、使い切りカメラ内に残り、フィルムを巻き戻す手間が省ける。が、フィルムを使い切った後に、フィルムを巻き戻さないヤツがどれぐらいいるだろう?

そして、使っていないフィルムを光にかざして「なんだか少し見えてくる」の「なんだか」とはなんだ?

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2019.09.12

私の笑いのツボ

今更ながら、6月29日土曜日0時(28日Friday24時)から放送されたEテレの再放送、「SWITCHインタビュー 達人達(たち)」山下洋輔 x 養老孟司の対談を見た。

番組内容は至って真面目なのだが、出演の山下洋輔さんはジャズピアニストでもあり、エッセイスト、作家でもある。養老孟子先生は解剖学者であり、これまた作家でもある。だから、言葉の使い方のおかげなのか、視聴時間中はいつでも「何が出るか」とニヤニヤしつつ、たまにそれが爆ぜる。ゲラゲラ笑ってしまった。

私が書く文章に影響を与えた人の一人として山下洋輔さんを上げることもできる。が、YouTube はともかく、テレビの画面で、肘打ち、拳骨殴りのピアノ奏法を見ることができたのは嬉しかった。

そして、おそらくこれは洋輔さんの影響であるとも思うのだが、この対談もジャズセッション、あるいはプロレス的予定調和の中での考えのぶつけ合いであるとも感じた。まぁ、個人的にはちょっと同意しかける部分もない訳ではなかったが、それをひっくるめて、民放が放送する、若手芸人をひな壇に座らせてのバラエティを見るよりも楽しい物だった。

あと、この二人に共通していることは、いくつ年を重ねても好奇心旺盛である、とそう感じた。

やっぱり、死ぬまで好奇心は持ち続けたいものだな。その気持ちを持っていれば、人間にとって究極の出来事「死」も怖くはないと思う。ただ、その体験を他人に知らせることができないのが残念でもあるかな。

例えば、エジソンは「死んだら行く世界のことを知らせる」とか、そういう事を言っていたように記憶しているが、そこはまぁ、皆さんご存じの通り、「知らせ」はなかった。という事になっている。

でも私は、誰でも「死」を迎えるが、その世界のことを知りたいとは思わないな。だって、いずれは私も知る事だから。

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2019.08.27

また上がってら

先日、セルフスタンドでのレギュラーガソリン価格が 134円/L だったと書いた記憶があるのだが、すぐに揺り返した。セルフスタンドでのレギュラーガソリンが 139円/L になっていた。

自動車用の燃料価格は、今の私にはほぼほぼ関係ない。が、この調子で冬を迎えるとなると、ワタシ的には辛い。昨シーズンの灯油配送業者の価格は 1L 当たり100円を下回らなかった。

おまけに、国内消費で賄う灯油は輸入していて、その主な輸入先がよりによって韓国だという。韓国との関係がややこしくなるのは私には関係ない。ただ、韓国の慌てっぷりが面白くて観察しているだけ。しかし、とんでもない「悪手」を打ってきやがった。軍事情報包括保護協定(GSOMIA)を一方的に破棄って・・・。日米韓で目の上のたんこぶ、北朝鮮「等」の軍事情報のやり取りの協定を韓国は「要らん」と言った訳だ。効力は今年11月23日午前0時まで。

気持ちは「」だけど、経済報復の手として灯油は日本に輸出しないと言われてしまったら、これから訪れる冬をどうやって乗り切ればいいんだろう。しかし、灯油を韓国から輸入しているが、逆にガソリンを韓国に輸出しているのが主に日本だ、という話も見聞きした。

嫌だなぁ。「寒国」の越冬を韓国に握られているが、ガソリンは日本が握っている。これでチキンレースになったとしたら、寒国在住の我々はどうしたらいいのか? 興味深く見ていきたいとは思うけど、これを報復合戦のカードとなるのはごめんだ。

日本はまだ実際に、本格的な経済報復のカードすら切っていないのに、勝手「経済報復」だと騒いでいる韓国、どう相手にしていけばいいんだろう。

あーあ、灯油価格、もう少し安くならないかなぁ。

 

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2019.08.17

BLACK RAIN

地元民放、週末の深夜枠に映画が放送される。NHK 以外のテレビ局がある所では多分、似たような感じなんじゃないかと思う。その枠で流れた映画を録画してやっと見た。その映画は Black Rain。知っている人なら知っているであろう、松田優作の遺作となった映画だ。

私は Blade Runner の退廃した近未来の都市が雨に濡れているような舞台設定と映像が好きで、Black Rain も映像的に好きなのだ。まぁ、監督がリドリー・スコット(Sir Ridley Scott)だから、当然と言われれば当然だが。

ただ、日本、大阪の設定がとても妖しいんだな。好きな場面も多い。オレンジ色に染まった大阪の街に、所々で建っている煙突が煙を吐いているシーンで、その世界観に引きずり込まれた。その上突っ込みどころが満載なんだけど、好きな場面が数か所カットされていたのは非常に残念だった。

高倉健が演じる松本正博警部補がマイケル・ダグラスが演じるニック・コンクリンとアンディ・ガルシアが演じるチャーリー・ビンセントが松本警部補と会うシーンがカットされていた。そばをすすりながら「英語なんて知らん」という雰囲気を醸し出していた松本警部補が、実は英語が堪能で、ニックとチャーリーが英語で話していた場面で気まずくなる点(笑)が好きだったんだけど、そのシーンがほぼ丸ごとカットされていた。

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2019.07.13

視線のダンクシュート

地下鉄に乗り吊り革に掴まって呆けていたら、目の前の席に、両膝の部分が横に切れたダメージジーンズ、なのかなぁ。他の部分に裂けたり穴が開いている部分は無かったから。

そんなジーンズを履いたとてもスリムな女性が目の前に座った訳だ。髪はロングで、染めているのか、脱色しているのかの判断は難しい。

顔は、美人さんだと思う。が、それにしては『塗った貼った』のレベルが強く思えた。キャンバスが良ければ完成品もレベルが高いんだろう。
まぁそこまではよくある話。

問題は、胸元が結構広めに開いていて、そこからは、膨らみと膨らみの間の谷間がはっきりと。目のやり場に困る、とはこういうことを言うんだろう。でも、眼福眼福。

塗った貼ったのレベルは差し置き、一般的に見ても『スリムな美人さん』というのは火を見るより明らかだろう。そして、そのスリムさとはちょっとバランスが合わない膨らみと膨らみの間の谷間。

これが海水浴場やプールで、泳ぐにはあまり適さない水着だったら、『ああ、きれいですね』『スタイル抜群でとても似合ってますね』と『渚のシンドバッド』にもなろう。

流石に度胸がないので『お姉さんきれいですね。写真撮らせて貰ってもイイですか?』なんて声掛けなんてできないよ。特に公共施設の中では。

そんな私ができるのは『視線のダンクシュート』だけ。

メガネに偽装したカメラも、とある筋を辿れば手に入るだろう。しかし、それなりのカネを払って撮るのが『一般的な光景の中で見かける、ちょいエロ要素があるお姉ちゃん』だけだったら、コスパが悪い。

アイドルちゃんのライブでの隠し撮り、映画泥棒に使うにしても、やっぱりコスパが悪い。ドライブレコーダーの人間版、ウォーキングレコーダー、自転車やバイク乗りのライディングレコーダーが関の山、かな。

ただ、目が悪くてメガネ常時使用だと使えないんだよな。

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2019.07.01

こ、これは・・・

数日前の朝日新聞DIGITALで拾ったニュース。

雷の前兆、見つかったかも? 研究チームが「現象」観測

小宮山亮磨 2019年6月26日09時48分

雷が落ちる前には雷雲から放射線が出る? そんな現象を観測したと、京都大などの研究チームが発表した。雲の中を電子が高速で動くことで、ガンマ線が放たれるらしい。研究者は「雷の前兆が見つかったかも知れない」としている。

 京大の榎戸輝揚・特定准教授(宇宙物理学)らは、金沢市内の2カ所にガンマ線の検出装置を設置。2018年1月、片方の装置が、ガンマ線が1分間ほど増え、平常に戻った約20秒後に雷が落ちたのを観測した。もう一方の装置では、ガンマ線が増え始めて約30秒後に落雷したという。

 日本海側は太平洋側に比べて雷雲が低空で発達するため、放射線などを地上から観測しやすいといい、チームはクラウドファンディングで160万円を集めて装置を増やしていた。今後も市民と協力して観測例を増やしたいとした。

 論文は26日、物理学の国際専門誌「コミュニケーションズ・フィジクス」(別ウインドウで開きます)で発表された。(小宮山亮磨)


積乱雲の中のガンマ線を測定することで、雷の前兆なのかもしれない、と、そういう現象を測定できた、とな。これは非常に面白い。前兆が測定できたのなら、その逆はどうなんだろう? 積乱雲の中にガンマ線を照射して、落雷する前に「人為的」に落雷させることはできないのだろうか? 可能だったら凄いよ。落雷被害に悩まされている地方で、自然に雷が落ちる前に「人為的」に雷を落としておくことで被害の軽減ができれば素晴らしい。

また、積乱雲が生まれる過程からコントロールして、に雷を落とせるなら、それもまた面白いじゃないか。国際宇宙ステーションが地球をグルグル回っているけど、そこから見た雲の中で発光が見られる。それが雷なんだという。


また、私は、歴代ガンダムでは「ファーストガンダム」しか知らないが、その中のシーンに雷ネタがある。連邦軍「ホワイトベース」とジオン軍「ムサイ(?)」が地球を飛んでいて、雲に入ったら雷に見舞われ、お互いに「これはジオン軍(連邦軍)の秘密兵器か」とビビるシーンがあった。宇宙で育った人間には、自然現象の雷も「相手の兵器」と勘違いしてしまうんだなぁ。
自然を使った攻撃なら、連邦軍のソーラ・システムがあったが、アルキメデス考案の兵器の一つも、鏡を使って太陽光をローマ軍の船の一点に集中させてその船を焼いた、とある。どこまでホントは知らん。

少し脱線した。


もしも、あくまでももしも、この基礎研究から「いつでも雷」を人工的に作ることが可能になったら、緯度 経度を指定することで、謎の気象兵器にすることも可能かもしれない。と、ここまで書いたら、アメリカの「HAARP(調」も怪しい、東日本大震災もこいつのせいだ、と言うトンデモな人がいないでもない。アメリカ発のトンデモ兵器を探ってみると、緯度 経度を指定するだけで、その地にいる人が空に何かを見るかもしれない。

そんな陰謀論がある中で、よりによって鳩山由紀夫が「人工地震だ」とツイートしやがった。選挙区のすぐそばの地震だよ。無責任にあーだこーだ言える立場じゃないのに。

ダメだなぁ。上手く纏められずにあっちこっち飛んでしまう。悪い癖なんだよ。


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2019.06.28

電柱からの黙示録

2019_05_23_20190627195001 しばらくブログを書いていないと、どういう風に書くのか、HTML のタグもほとんど忘れてしまっている始末。以前書いていたブログのテキストがあったので、ニュースの見出しを書き、記事も丸写しする際のタグを、そこから引っ越した。でも、写真を貼り付けるにはどうしたらいいんだっけ?


2019_06_09_20190627195001 さて、「庭」を散歩していると電柱に、まるで風にも飛ばされしまいそうな小さな小さなビラを見掛けることが多くなった。私が気付かなかっただけで、それまでも小さい小さいビラが主張していたのだろうか。

形態としては、非常に小さい。大きいと思っても、多分名刺サイズ。そこに、アリの大群のような細かい文字がびっしりと並んでいる。おそらく、本来は A4 とか B5 とかの普通の紙に書き連ね、縮小コピーを重ねたのか、と思う。が、もしもその名刺サイズ、いや、さらに小さい紙にハズキルーペやそれと同等な品を使って細かい文字を書き連ねたのなら、その集中力には頭が下がる。そして、誤字が少ない、いや見付けられない上に、書かれている文字も丁寧、というか、比較的読みやすいきれいな文字ではある。だけど、電柱に貼り付けているサイズが小さいのも気に掛かる。ひょっとするとスピリチュアルの沼に完全に入り込んで戻れなくなってしまったの人なのかもしれないし、完全にその世界に入り込んで「気が付いた人は一緒に覚醒しよう」という意思が、そのビラの小ささに現れているのかもしれない。だけど、大きく主張したくはない、というアンビバレンツに困っているようにも感じた。

しかし、そこに書かれている内容は、超科学情報誌の「ムー」2019_06_25_20190627195001で取り上げられても驚かない内容ばかり。推察するのは、その手の本を買い、あるいは借りて読み、自分が共感した文章を「写経」の如く書き連ねたような感じ、かな。以前「ムー」を購読していた身としても「何寝ぼけたこと言ってんだ。寝言は寝て言え」としか思えない。

その小さなビラが伝えたいことは、おそらく「欲にまみれた人間は死に、新しい世界に行けるのは霊性が高い人」って感じだろうか。ビラの小ささと文字のきれいさには驚いたが、書かれている内容は、スピリチュアルに少しでも足を踏み入れたことがある人間に2019_06_25-2_20190627195001とっても「はぁ?」という感想しかない。

ここしばらくは天候もおかしいし、災害も多発した。平成の30年間でも、数えきれない天災があった。でも、その原因が「多くの利己的な人間」のせいだ、と主張するならしてもいいけど、関連性がどうにも見出せない。地球温暖化、エルニーニョ、ラニーニョなどがそういう人間のせいならもう手遅れなんじゃ? 先進国が二酸化炭素の排出量削減を唱えても、これからの国が「ウチらに石油、石炭を使うなと言うのか」、と怒るだろうし。

どうすりゃいいのかねぇ?

ああ、私はそういうスピリチュアル、オカルトに関しては「懐疑的肯定派」で、年末にビートたけしが仕切る「懐疑派」vs「肯定派」の番組は、ネタ切れなのかマンネリなのか、全く面白くない。特に肯定派の中で仲間割れしてしまう体たらく。特に韮澤潤一郎の言い分が、肯定派の中に否定派を生んでいる。マジで、どうすりゃいいのかねぇ?

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2015.12.01

私にすれば・・・

妖怪といえばこの人だっただけに、訃報は残念でならない。

【水木しげるさん追悼】海外でも評価高く「多忙という名の妖怪にとりつかれた」過酷な戦争体験もテーマに


Aafnqhn 30日に93歳で亡くなった漫画家の水木しげるさんは、代表作の「ゲゲゲの鬼太郎」や「悪魔くん」「河童の三平」などの妖怪漫画に加えて、自らの過酷な戦争体験を題材にした作品まで、幅広い活躍を見せた。つらい体験を乗り越えるしたたかなユーモアをたたえた作品の数々は、世代を超えて読み継がれている。

大戦で片腕を…神戸でアパート「水木荘」経営、ペンネームに

 水木さんが妖怪や民俗学に関心を持ったのは、幼少期にさかのぼる。生後間もなく移り住んだ鳥取県境港市の自宅に出入りしていた「のんのんばあ」と呼ばれる老女から、お化けなどの話を聞いたことがきっかけだった。この経験が後に「ゲゲゲの鬼太郎」などの妖怪漫画に取り入れられたほか、自伝的エッセー、漫画作品の「のんのんばあとオレ」になり、テレビドラマ化もされた。

 戦争体験も水木さんの人生観や作品に大きな影響を与えた。昭和18年に出征し、当時最大の激戦地の一つラバウルへ。所属する部隊が敵襲で全滅し、やっとの思いで逃れた先でも空襲に遭い、左腕を失った。

 「本当に、生きるか死ぬか紙一重でした」

 戦後に復員したが、日々の暮らしのため、魚売りなどさまざまな職業についた。水木しげるという筆名も、神戸のアパート「水木荘」を経営したことが由来になっている。

 生活に追われる中でも、画業への思いは消えなかった。29歳になったころ、念願の絵描きの仕事に就く。「最初は紙芝居です。好きな絵を終日描いていられました」

 やがて漫画へと活動の場を移し、上京後の40年、「別冊少年マガジン」に掲載された「テレビくん」が講談社児童まんが賞を受賞。「悪魔くん」などの作品も続けざまにヒットし、ようやく人気漫画家となり、「多忙という名の妖怪にとりつかれた」と言いながらも、以降、多くの作品を世に送り出した。

 妖怪ファンと研究者を集めた「世界妖怪協会」を創立、作家の荒俣宏氏らと世界妖怪会議を開催するなどの活動も話題を呼んだ。

 平成15(2003)年、故郷の境港市に「水木しげる記念館」がオープンした。従軍経験も繰り返し語り、「娘に語るお父さんの戦記」などの著書も。19年、フランスで開催された欧州屈指のマンガの祭典「国際漫画・フェスティバル」で、仏語版の「のんのんばあとオレ」が最優秀賞に選出されるなど、海外でも高く評価されていた。

妖怪を語っているうちは死なないんじゃないか、とすら勝手に思っていた水木さん。気がつけば結構なご高齢だったんだな。

謹んでご冥福をお祈りいたします。


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2015.05.19

さて・・・

・・・・・・・・・・・・、どれくらい断筆(ってほどでもないが)してた?
1月24日アップ分から、それ以来更新していないでやんの。5月も下旬となりつつあるから、4カ月近く無更新だった訳だ。一時期体調を崩してそれ以来ずっと「着底」したままだったから、ホントに久々にテキストエディターに向かうことになる。心なしかキーボードを打つ指も震えているようで、全くホントにどうしたものやら。

このままじゃタッチタイプも怪しい。左手はまだ何とかなるとしても、問題は右手なんだよな。右手の人差指がちゃんと『J』のぽっちを認識していればまだ何とかなるのだが、ぽっちを認識しないで適当に打ってしまうと脳の回転と指捌きに齟齬が生じ、その結果をディスプレイで見るたびに自己嫌悪に陥り、「着底」したままより深い場所を求めて「匍匐前進」し、ひっそりと息を殺すのだ。

もしも私に少しでも神性があったなら、ひきこもっている最中は朝が来ない、なんてことになると いとおかし なのだが、そこは平々凡々としたありきたりの詰まらない一般市民に過ぎないので、そんなこともあり得ないけど。

という訳で、旬を過ぎてしまったネタを少々。

アジト近所の公園に桜(か類するものか?)が咲き乱れ、風もほとんど吹いていなく、散った花びらがすぐ下の歩道を埋め尽くしていたのだ。それはそれは綺麗だったんだけど、そのままカメラを振り回しても駄作にしかならないことは経験上分かっている。

ならば、我が巨大なコンパクトカメラの光学ズームを最大の20倍にし、そしてカメラを地面に置いたのだ。フレーミングもどんな作品になるかもすべては運任せ。その結果がこれだ。

Img_2982


中心に来た花びらがちょっとこっちを向いてくれれば良かったかな。
ま、それにしても、一応コンパクトカメラに類する我がキヤノンだと、被写界深度の範囲も狭いね。見事にスパーンとその部分だけが切り取られているかのような味の画像だ。これが一眼レフで、こういうことに適したレンズを選択して撮ったらもうちょっと味のある写真になったろうな。でも、思いの外よく撮れたわ、うん。


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2015.01.24

そんなもん要らん

ここ数日の積雪で、我がアジトに通じる路地が非常に狭くなった。
どれくらい狭いかというと、エンジンの暖機待ちで雪壁いっぱいにクルマを止めてボーっとしていたところ、(多分)カローラ・フィールダーが路地の向こう側からやって来た。通れるのか? すれ違えるのか? とかたずをのんでそのカローラ・フィールダーの動向を見ていたら、カローラ・フィールダーも雪壁を削りながら我がクルマの横を通り抜け、最接近したところではドアミラーとドアミラーが上下ですれ違う、なんて感じ。

狭いところでの細かい運転にはちょっとばかり自信もあったが、そのカローラ・フィールダーの乗り手の車両感覚には恐れ入った。

さて、そんな狭い路地。軽の1ボックスが止まっている。
クルマによっては、通り抜けようと思えば通り抜けられるかもしれない、そんな微妙な間隙をマークXが通り抜けようと思ったんだろう。が、右前タイヤ、及びその周辺を雪壁に押し付けて立ち往生していた。その上、エンジンを無理に吹かしたんだろう、右後ろタイヤが完全にトラクションを失っていた。そのマークX、スタック対策として毛布も積んでいたようだが、これじゃ毛布があっても出られない。雪面、氷面と毛布の間をタイヤが空回りするだけだ。

今のクルマに乗るようになってから出番を失くしたスノーヘルパーをアジトに戻って取り出して、それで再チャレンジということになった。空回りに等しい右後ろタイヤの下にヘルパーを半ば無理矢理蹴り込んで、まだ「生きている」左後ろタイヤの下にも蹴り込んで、これでダイジョブだ、と思ったら、大丈夫じゃない。な~ぜ~右後ろタイヤが盛大に空回りして「ひじき」をまき散らすのか。

試しに私が運転席に乗り込んで、これまでの運転経験の全てを発揮しようと思ったのだが・・・、ゲート式のATなんて大嫌いだ。トラクション・コントロールなんかもクソ食らえだ。車体を前後に振って、その振り幅を大きくして最終的には一件落着のつもりだったのだが、25年近く培ってきたクルマの経験値を全く生かせないそれらのギミックが手かせ、足かせとなって自由度を奪っていた。アクセルにはダイレクト感がないわで、やりたいと考えていたことが全然できなかった。

結局、マークXの運転手はJAFの救援を要請したところで、我がアジトよりもさらにそのスタック場所に近いところに居を構える人が出先から戻ってきて、その人が操るエルグランドとマークXを伸縮性の牽引ロープでつないで引っ張り出し、それでようやく一件落着となった。

ま~なんだ。
この時期の札幌市内をFRで走ろうと思うなら、剣先スコップと牽引ロープ、それと無理に路地に入っていかない勇気が必要だな。

それにしても・・・、現代(イマ)車の牽引用フックって、バンパーにメクラ蓋を外した先にあるネジにネジ込むんだねぇ。道理で前後バンパーの下を見ても牽引用のフックが見当たらない訳だ。


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