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2012年1月

2012.01.31

太陽風暴風警報?

この1月24日、25日に北海道北部でオーロラが見られるかも、なんて情報が乱れ飛んだ。そして、1週間ほどの時間差、つまり1月30日にまた、オーロラのニュースを見た。1月30日のオーロラのニュースは後で貼り付ける。

24日深夜に世紀の天体ショー 日本でオーロラ観測できそう
J-CASTニュース 1月24日(火)19時22分配信


2012012400000005jct0007view 今夜、日本でもオーロラが見られるかも知れない――。東京工業大学理学研究流動機構の片岡龍峰博士によると、23日のお昼くらいからオーロラ出現への条件が高まっており、1月24日から25日にかけ、北海道の陸別町あたりでオーロラが見られる可能性が出てきたそうだ。

■「大規模」「高速」「大量」の三拍子がそろった好条件

 オーロラは、緯度65度から80度にかけたドーナツ状の領域に発生する確率が高い。そのため、日本で見られるのはかなり珍しいことだが、なぜ今回は可能性が出てきたのだろうか。片岡博士は、23日の日中に、3つの「条件」を確認したという。

 ひとつめは、大規模な「太陽フレア(恒星の爆発現象)」が起こったこと。2つめは、大規模フレアにより、秒速2000km程度にもなる高速の「コロナ質量放出(大量のプラズマを惑星空間へ放出する現象)」が地球に向かってふき出したこと。3つめは、通常の1000倍にもなる「太陽からの放射線」が観測されたことだ。このレベルの太陽放射線嵐は2005年5月以来だという。

 「大規模」「高速」「大量」という三拍子がそろっており、この上南向きの「磁場」など諸条件が整えば、日本でもオーロラが見られるほどの巨大な磁気嵐が発生する可能性が高いと、博士は話す。

 23日、博士がツイッターでこのことをつぶやくと同時に情報は一気に広まり、「横浜で見れたら嬉しいけど…」「山口からも見えるかな? 北に行かないと無理ですか?」など、自分の目で見たいがどうすればいいかという問い合わせが相次ぎ、ちょっとしたお祭り騒ぎになった。

 ところがその一方で、2ちゃんねるなどでは、「巨大地震が来るーーーー!」との「終末論」が上がり、どのスレッドの内容も穏やかではない。なぜ、オーロラが地震と結びついてしまったのか。

■地震とオーロラに1対1の対応関係はない

 「オーロラ巨大地震の前兆説」がネットで噴出したのには理由がある。「東日本大震災」が起こった2011年3月11日は、磁気嵐のピークでオーロラ活動も激しかったのだ。

 これについて博士は、「あくまで偶然」と、地震との因果関係を否定した。

  「確かに3.11は磁気嵐のピークだったのですが、あれは偶然。たまたまです。あの日は弱い磁気嵐で、もっと大きい磁気嵐も起きています。磁気嵐と大地震には1対1の対応関係はありません」

 「また原因不明の停電とか起きるんかね?」など、何が起こるか分からない不安をこぼす人もいるが、大半は「日本でのオーロラ観測」にかける期待は大きい。博士は、「磁気嵐がどれほどの規模にまで発達し、日本でもオーロラが確実に見られるか否かというのは、実際に磁気嵐が始まってみないと誰も分からない」としたうえで、最後にこうアドバイスする。

  「北海道のできるだけ北の晴れた場所で、地上から北の空を長時間露出してダメもとで念のため徹夜の撮影をします。そう何度もあることじゃないので」

 今晩の北海道陸別町の天気は「晴れ」。絶対に見られるわけではないが、「日本オーロラ」の出現を期待せずにはいられない。

実際に見られたかどうかのニュースは寡聞にして見聞きしていないが、騒ぎになっていないところをみると見ることは叶わなかったと判断するべきなんだろう。私には天文学の知識は全くと言っていいほど持ち合わせていないのだが、こういった天体ショーは好きだ。去年12月の皆既月食のときだって、アジトのアパート前にて、完全防寒体制で三脚にカメラをセットし、最大望遠で月に狙いを定めていたのだが、これからって時に厚い雲が流れてきて月を完全に覆い隠し、雲が流れてくる方角を見ても雲の切れ間がないことから、観測を諦めた。友人Sさんは石狩市厚田区の方まで出張ったことで観測することができたらしいのだが、mixi の日記で見られたこととその画像を見たときは、やっぱり悔しかったな。

で、オーロラだけど・・・、太陽風地磁気がケンカすることで見ることができる発光現象であると認識している。そして、低緯度で見られるということは、それだけ太陽風が強まっているということであって、おそらく磁気嵐も相当なものであると想像するのだがどうだろうか。そして、その太陽風を受けてしまう地球の、その「鎧」であるところの地磁気が減少傾向にある、それどころか消滅の危機にある、なんていう情報も見聞きしたのだが、それらがすべて事実であるならば、「鎧」の装甲が薄くなったところに強力な弾丸が数えきれないくらいに撃ち込まれる、なんて情景を想像したのだが、それは杞憂で済むだろうか。

いやさ、私が長年購読している超科学雑誌 ムーの2012年1月号の総力特集が太陽フレア激増と 超新星ベテルギウス爆発が開く黙示録世界 2012年 地磁気消滅人類滅亡恐怖なんていう、まぁ本来なら眉に唾をつけて「へー、そういうこともあるかもねー」なんて気持ちで読み進めるんだけど、比較的新しい号の雑誌の特集がこれで、そしてその記憶が薄れないタイミングで、ほとんど連続してオーロラのニュースなんだもん。正直ビビった。大体、南極上空にオゾンホールが、なんてニュースだけでもビビるのに。オゾンホールと地磁気には直接の関係はない、んだろうけど、どちらにも共通しているのは「地球の鎧」だということくらいか。

地磁気もオゾン層も、有害な放射線や紫外線から地上に住むすべてのものを守ってくれている。その他にもバンアレン帯という放射線の帯が2層構造の「地球の鎧」となっているのだが、これも地磁気によって生み出されているとなると、ため息が出てしまう。

そんなときに太陽風がめちゃくちゃ強くなって磁気嵐にでもなったとしたら、まず送電網がやられる。電気が使えないとなると、もう「文化的」で「進歩的」な生活が一気に崩壊してしまう。人工衛星だってオシャカだろう。電気が使えなくなった上に人工衛星もパーになったら、GPSは無用の長物になってしまう。飛行機や船だって、自分の位置が分からない状態が続けば、移動すること自体が命がけになってしまう。仮に、自家発電で「ウチは大丈夫」なんて思った人がいたなら、指差して笑ってあげよう。テレビ映らない、ラジオ聞こえない、電話だって通じないだろう。それこそ、吉幾三の「俺ら東京さ行ぐだ」の世界そのものになってしまう。

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2012.01.30

申し訳ない申し訳ない_(_^_)_

前日昼前のエントリ詳細は、待て次号なんて大見得を切ってはみたものの、その詳細を事細かに書くと、私がどこに住んでいて、どこに面接に行って、なんていう情報だらけになってしまう。mixi のように公開範囲を変えることも、まぁ、ココログでも可能と言えば可能なんだろうけど、今まで今までそういうことをしてこなかったから、少なくともここはずっとオープンでいたい。

その代り、私をリアルで知っている人はそういう情報を書くことはしないでほしいし、私自身もちょっと匂わせるだけで消えてしまうような、そんな存在でいたい訳よ。理想としては下に貼り付けた「今日もどこかでデビルマン」のように、誰も知らない知られちゃいけない、存在でありたい訳よ。

中には非常に根気強く過去ログを漁っていって、「現実の私」に繋がるキーワードを発見して検索し、「コイツか~、むふふ」なんて人もいるかもしれない。一人で「むふふ」レベルならまだ良いんだけど、たまーに強可燃性のネタを何も考えずにアップした挙句に炎上し、その結果、私に対して憎しみに近い感情を持つ人が現れて、個人情報を洗い浚いどっかにばらまく、なんてことをされるのが怖いんだな。

私一人で済むならまだ良いのかもしれないけれど、これが恐ろしいほどの情報収集能力に長けた集団のネタになって、せっかく決まった就職先に「最近入社されたたけぴさんについてちょっと・・・」なんて何度も電話攻勢を掛けられると、多分すぐにお払い箱で、路頭に迷うのが関の山だろう。

とは言え、私の個人情報って行ってもたかが知れている筈なんだけど、私が知らない私のことを、私が知らない誰かが知っているってことは、やっぱ怖いんだよね。

こうやって発信するってことは、スクランブル交差点のど真ん中で裸になって、拡声器で叫ぶに等しい、と私は思っているんだ。夢想、妄想じみたネタを書いて笑われるならまだしも、みんなが知っているけど口にしないようなタブーを気付かずに書いて集中砲火を浴びるのが嫌なのよ。だから、この辺で勘弁して~。

この僻地ブログを覗きに来てくれる人がいるのはとてもありがたいことだけど、「一線」は越えないでね。

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2012.01.29

なお

この直前の日記、エントリはケータイメールによる mixi、ブログへの同時投稿になります。

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ひょっとしたら・・・

土曜日、朝一でとある企業へ面接、というか、現場見学に行ってきた。その現場見学のついでに応募書類を託してきた、と言う方が正しいかもしれない。

そこの社長に現場の説明を受けながら、例えばTPPの話をしたり、そこだけでしか作っていない物を紹介してもらったりし、結局4時間くらいずっと色々な話をし続けた。

ひょっとしたら私はファーマーになるかもしれない。詳細は、待て次号、とのことで一つ・・・。ただ、お近づきの印なのか、遠路はるばるご苦労さんの意味なのか、とにかくそこでしか作っていない品を頂いた。


その他の出来事として、コンピューター関係の会社から「あんたに興味がある」なんてオファーも頂いた。

ただ、私にはもう精神的、経済的にも余裕がないのだ。そのオファーを出してくれた企業に応募し、他にも数社興味がある企業があったからそちらにも応募し、それでどこかに引っかかって、言葉は悪いけど「そこに潜り込める」ことになったなら、喜んでそこに行きたいと思う。

何かが「ごろり」と転がりだした気がしないでもないが、それが気のせいじゃないことを祈りたい。

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2012.01.27

これから

昨日、ハローワークプラザに行って手に入れてきたチラシの中に合同企業説明会の案内があった。場所は札幌パークホテル地下2階。時間は11時から17時まで。そんな訳で、予定が詰まった1日となってしまった。

まず、クリニックの予約が11時。その後パークホテルに行って、聞きたい企業の説明を聞いたらその後に北海道警察本部へ行く。次に証明写真を新調。そのためスーツを着て、普段はつけない整髪料をつけてそれなりの頭にしたのだが、どーもまとまりが悪い。まいっか。

で、クリニックへ行くには通常は地下鉄を使うのだが、今回は予定がそれなりに連なっているのでクルマを引っ張り出す。クリニックには一応駐車場があるのだが、ホントに申し訳程度で数台しか止めることができない。空きがなかったら近くのスーパーで「買い物しましたよ~」とわざとらしく助手席にレジ袋を置いておこうかと思ったのだが、今日はツいていたようだ。駐車スペースに2台も空きがあった。クリニックも待合室にほとんど患者もいなく、待つこと数分で私の番。

なんだかんだと体調や気分の揺らぎ、耳鳴りの話をし、特に耳鳴りが持続するようだったら専門医に診断してもらった方が良いかもしれない、なんて話になる。クスリはいつも通り。

その後、合同企業説明会の会場、札幌パークホテルへ。クルマで乗り付けていいものかどうか不安だったが、全く問題なし。気になっていた企業数社の担当の人と話し、その気があったら応募してくれ、という話になった。もう一社気になっていた企業があったが、そこは人だかりができていてじっくりと話を聞ける状態じゃない。ま、そこは諦めた。

企業の説明ブースの他に、総合相談窓口みたいなブースがあったので、そこで現在の自分の状況を話してみる。
と、最初は50がらみのおばちゃんだったのだが、60がらみのおっちゃんに途中で入れ替わられた。とにかく、自分の進みたい方向はこっちなのだが、それにはスキルが足りない。それでも何とかと思ってやってみてもやっぱり引っかからない。そうこうしているうちに実際問題としてカネが挙げられ、それも限界が近づいている。と、そんなことを申し述べた。

おっちゃんの「あなたは某業界に長くいてそれなりに知識もあるから、その知識を完全なものにするために親に頼んで勉強させてもらってはどうか」に言葉に対し、私は「一度親にも同じことを言われたが、このシゴトは繋ぎのつもりだったから断った」。

それからは、出身が同郷ということで一気に心理的な距離が縮まり、さらにはその地元の農園で求人を出していたところがある、なんて話すと「履歴書を送る前に何でもいい、地元が同郷であることとか、見学でも体験でもなんでもさせてもらえないだろうか、なんてコンタクトを取ってみるといいよ。それに、動物でも植物でも育てるということは人にとっても良い影響があるから、やってみなやってみな」なんて返された。

その言葉で何かが動いた気がした。普段なら、企業に応募する前に電話するというだけでも(ワタシ的には)一大決心だったのに、するべき用事を全て終わらせた後でまだ時間的に余裕があるなと思ったらすぐに電話したもの。

その後、時間的にもちょうどよかったので北海道警察本部へ出向き、然るべき書類を受け取り、新しく証明写真を撮ってもらおうにも、なんかアホ毛が立ってしまってみっともない。ちょっと時間をもらってトイレの手洗い場で頭を撫でつけ、ようやくなんとか様になったところで、「さぁ今のうち」という感じで写真を撮ってもらい、10分ほど時間がかかるとのことで、その間を利用してクルマの中に持ち込んでいたバターロールを食い、そしてクスリを飲んだ。

そして15分後。出来上がった写真はまるで自分じゃないよう。普段整髪剤をつけないのと、カメラによる発色特性もあるのかもしれない。とにかく、今の自分のツラの証明写真12枚と焼増し用CD-Rを頂いて、お代は求人誌にあったクーポンでディスカウント。

そして、件の農場に電話して、土曜日の朝、体験、見学に伺いたいと話をまとめて現在に至ると。


多分、今がスパートの掛け時だな。
気合入れるべ。

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2012.01.26

矢口史靖監督にはハズレがないなぁ

水曜日のことだ。アジトにこもってばかりじゃ気が滅入るからと、散歩ついでにさっぽろ雪祭りの準備で忙しい大通公園を通り抜けて、まず北海道警察本部庁舎で一つ用足しをした。その次、JR札幌駅近くにあるハローワークプラザで求人の検索をして時間をつぶし、その後さらに歩いてヨドバシカメラの一角にあるマクドナルドで、計220円の昼飯を喰らい、店内を冷やかした後JR札幌駅直結の映画館、札幌シネマフロンティアでロボジー(ROBO-G)を見てきた。札幌シネマフロンティアは、水曜日がメンズデーで、通常1,800円払わなければいけないところを1,000円で映画を観ることができる。

で、何故矢口史靖監督のロボジーなのか、それは先週土曜日の夜に矢口監督の「ハッピーフライト」が放送されたからだ。ストーリーは、弱小家電メーカーのワンマン社長の鶴の一声で作らざるを得なかった2足歩行ロボットが、とりあえずはできたのもつかの間、その社長の態度にキレた製作スタッフの一人が紙パック飲料を握った手で机を殴るんだな。すると、その机にあったキーボードにその飲料が降りかかってしまうと。それをきっかけに、とりあえずはできていたロボットが制御不能の暴走状態になり、窓に突進してそのまま地面に落っこちてガラクタになり、とどめにパソコン本体もそのガラクタの上に落ちてしまって完全にオシャカになってしまう。だが、ロボットのお披露目は1週間後に迫っている。さてどうする。

と、そんな感じだ。それ以降のストーリーは、続きを読むに書いちゃおうかなぁ? どしよかなぁ?
ただ、これだけは言える。矢口監督の映画は、ハプニングがエスカレートして周囲を巻き込み、大騒動になって最後はハッピーエンド、という、安心して笑えて安心して見ていられる、そんな作品ばかりだと思う。

で、最初に貼り付けた動画は、その映画の出演者、五十嵐信次郎とシルバー人材センターなる訳の分からんユニットによる Mr.Roboto で、原曲は1983年の Styx のヒット曲なんだけど、何でじーさんがこんなに上手く英語メインの曲を歌えるかなぁ、と思ったら、五十嵐信次郎ってミッキー・カーチスの別名だったんだね。知らなかったよ。道理で上手い訳だ。

そんな訳で、本家本元の Mr.Roboto を以下に貼り付けておこう。
ワタシ的にもこの曲には思い入れがあるんだよね。1983年といえば、私が中学1年の頃だ。お大尽な友達のヒデが、よくこの曲を聞かせてくれたんだよな。任天堂の地位を不動のものにしたファミコンが台頭してきたのもこの頃で、お大尽なヒデはそのファミコンをいち早く手に入れて、いつしかヒデの部屋がゲームセンターとなっていた。そのBGMの一つとして Mr.Roboto がかかっていたんだ。その時の私は「ドモアリガト ミスターロボット、マタ アウ ヒ マデ。ドモアリガト ミスターロボット、イツ ノ ヒ ニカ」と聞き取っていたんだけど、二度目のフレーズは「ヒミツ ヲ シリタイ」だったとは、今さっき調べて知ったよ。

ミッキー・カーチスといい、Mr.Roboto といい、困ったもんだ、ホントにもう(苦笑)。

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2012.01.25

ジャンケン必勝法

私はかつて、(町内では)ジャンケンとオセロは無敵の強さを誇った。だが、オセロは高校の修学旅行で一緒になった引率の美術のT先生にコテンパンにやっつけられ、機会がある度に再戦を望むも、その度毎に玉砕した。
私が持っていた天狗のお面の一つの鼻を見事にへし折られた、そんな修学旅行だった。

だがジャンケンはそうそう負けない、もう一つの天狗のお面がささやいた。事実、小学、中学、高校、専門学校、社会に出て1社目の会社、2社目の会社までは、ジャンケンで負けることはホントに稀だった。


そう、

あの人に

出会うまでは。


あの人とは、モータースポーツイベントで会場での実況DJを務めるMさん。そのモータースポーツイベントの昼休みの時に観戦していた人を集めて、豪華景品争奪杯ジャンケン大会が行われるのだ。ジャンケンをするのはステージ上のMさんだったり、Mさんの知り合いや関係者の方だったりと様々だったが、それでもことごとく負けた。惨敗と言ってもいい。もう一つの天狗のお面の鼻を折られた出来事だった。Mさんのジャンケンはちょっと特殊で、「次にこれを出すよ~」的な予告をするんだ。が、その予告通りに出すとは限らないから、必然、疑心暗鬼になってしまう。


Mさん主催の忘年会に出席した時も、機会を伺い、リベンジしようと思って再戦を願っても、その度毎に苦汁を嘗めさせさせられた。辛酸を味わった。煮え湯を飲まされた。

それからというもの、まぁ、ジャンケンをする機会は少なくなったが、それでも勝ったときも負けたときもオーバーアクションと思われるくらいまでに態度に現すようになった。かくして、大人気ない大人の完成である。多分、幼児とジャンケン対決をしても、同じように喜んだり、悔しがったりするだろう。

そんなジャンケンの勝率を上げるという興味深い記事があったので、こんなネタで一本でっちあげてみた次第。

ジャンケンで勝つ確率を上げる簡単な方法


2012年1月21日 17:00 (ライフハッカー[日本版])


D005f569dfbf4476b3c7774e28ff77c7_n「パー、グー、チョキの順に手を出すと、ジャンケンで勝つ確率が高い」という話を幼い日に聞いたことがあります。その理由は、「相手はグー、チョキ、パーの順に手を出すことが多いから」という単純なものでした。科学的根拠など知る由もなく、友達が言っていたことをそのまま信じてジャンケンをしていたものです。

さてこのジャンケン、実際には手の出し方はそれぞれ1/3とはならないようで、人には出す手の「クセ」があるようなのです。ある大学教授が学生725人を使って実験を行なっているので、ここにご紹介します。

Photo by Thinkstock/Getty Images.

 

2009年6月20日の日本経済新聞土曜版「日経プラスワン」に、桜美林大学の芳沢光雄教授による「ジャンケンに関する研究結果」が掲載されました。芳沢教授が学生725人を集めて、のべ11567回ジャンケンさせたところ、人間の手の出し方はグー、キョキ、パーそれぞれ1/3とはならなかったそうです。当時の記事には、以下のように書かれています。

最も多いのはグーで4054枚(35.0%)、次はパーで3849回(33.3%)、最も少ないのはチョキで、3664回(31.7%)と、かなりのバラツキが出た。統計的にはグーが出やすく、チョキが出にくい。だから、パーを出せば勝ちやすいというわけだ。

また、あいこの場合にも一定の法則があるようです。芳沢教授によれば、学生725人が2回続けてジャンケンした10833回のうち、同じ手を出す(あいこ)回数は2465回(22.8%)にとどまったとのこと。この結果から、あいこは出にくい(確率は22.8%)ということがわかります。

よって、まず最初は相手が35.0%の確率で出すグーに勝つ「パー」を出すのが賢明。そして、あいこになったら(つまり相手もパー)、相手がパーを出す確率は22.8%なので、相手がグーかチョキを出す確率は77.2%。グーかチョキに勝つ(またはあいこ)になるのはグーなので、この場合は「グー」を出せばいいということになります。

同様に、グーであいこになった場合は、相手がチョキかパーを出す確率は77.2%なので「チョキ」を出しましょう。チョキであいこになった場合は「パー」です。

これらのことから以下のことが言えます。

あいこになったら、今の相手が出している手に負ける手を出せば勝つ、またはあいこで勝ち残れる。

もちろんこれは確率の話。チョキを出しやすいクセのある人もいれば、パーしか出さない人もいます。しかし、必勝法のひとつとして知っていて損はないと思いますので、参考までに。

ちなみに芳沢教授のブログでは、AKBじゃんけん大会の確率も分析していますので、興味のある方はご覧ください。


(安齋慎平)

んー、こういう事を真面目に研究する先生がいるってことに驚いたが、グー・チョキ・パーの3種類の手があるから、確率も 1/3 だろう、なんて考えていたんだけど、違うんだね。でも、この記事を読んだ人と対戦することになったら、それこそ気持ちの読み合い、裏のかき合いになって、やっぱり疑心暗鬼になってしまう。

相手がパーを出す。ならばこっちはチョキで行こう。いや待てよ・・・、パーを出すと見せかけてその実グーだったら・・・。

そういえば結構以前に、博多かどこかのスナックのママがジャンケンで無敗を誇っている、なんてテレビを見たことがある。そのママさん、ホントに負けないんだ。後出しジャンケンでもしているんじゃないのか、なんて思えるくらい。

それにしても、ジャンケンっていつ、だれが考えだして日本国中に広まったんだろう? 外国にもこういった三つ巴の手での勝負の付け方、なんてあるのかな?

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2012.01.24

何じゃこりゃぁ

私は北海道民だ。寒ければ10月下旬ぐらいから暖房を使いだし、寒ければ5月上旬ぐらいまで暖房を使う。他の都府県の方から「二酸化炭素の排出量が多いぞ」なんて指摘を受けたら、ゴメンなさいというしかない。

そして、我がアジトの暖房源はアパート備付のFF式灯油ファンヒーター(2代目)だ。先代のファンヒーターは燃焼室へ空気を送り込むモーターがイカレて轟音を発するようになり、その轟音だけならまだしも、今度は失火してしまって暖房機の体をなさなくなった。管理人を通して業者に来てもらっても、部品が出るかどうかわからない、耐用年数も過ぎている、などの理由から新しい暖房機に変えてもらったのだが・・・、パッと見た目じゃどこがどう変わったのか分からない。ただ、燃焼のレベルを示す5段階のインジケーターが無くなったことくらいだ。

その暖房機のおかげで厳しい寒さも乗り切ることができるのだ。ただ、個人的にはストーブの方がイイなぁ。ストーブの上に水の入ったヤカンを載せておけば、ストーブの使用時間にもよるがいつでも熱いお湯を手に入れることができるし、部屋の乾燥を防ぐ加湿器の役割だってする。ヤカンの代わりになべを掛けておいたら、それなりの調理だって可能だ。

でも・・・、備付のファンヒーターもストーブも、電源が必要なんだよね。電源は着火の時だけ乾電池を使う、反射板式のストーブが欲しいなぁ。そしたら停電しても寒い思いをしなくて済むから。

事情が許せば薪ストーブとか石炭ストーブ、廃油ストーブなんかにも手を出したいな、なんて思うんだけど、さすがに賃貸の物件じゃね。

まぁ、そういう訳で灯油を燃料とする暖房機を使っている訳だ。一時期、補助的にハロゲンヒーターを導入したこともあったのだが、その月から電気代が大幅にアップした。これは使えんと、さっさと売っぱらったことを思い出す。


その灯油の調達の仕方だが、私はクルマ持ちなので、それでセルフスタンドに乗りつけて、灯油専用の公称18Lのポリタンクにぎっちぎちの満タンにする。それで20L入る。そのポリタンの中身を今度はアパートの外廊下に置いてある90Lのホームタンクへ移し替えるのだ。

握りをペッコンペッコンやる、ドクター中松考案とされるあのポンプを使うのだが、たまーに失敗することもある。ホームタンクにちゃんとポンプのホースが入っていなかったり、ポンプで吸い切れなかった分を、ポリタンクから直接ホームタンクに注ぐ、なんて時も、狙いがずれたりする、こともある。

そんなときは、ま、手が灯油臭くなったりする訳だ。水洗いしてもベトつきは取れないし、といって中性洗剤を使うと、今度は手に油っ気がなくなって、紙などがめくれなくなってしまうのだ。しかしそれは、灯油暖房を必要とする北国の風物詩的なものだと思っていた。

そしたらなんと、無臭の灯油があるというではないか。しかも、燃焼性が高いんだって?

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2012.01.23

今度行こう

支笏湖、そこは道央圏に住むクルマ持ちなら一度は行ったことがあるであろうドライブスポットだ。そして、夜の支笏湖線、今は国道453号線になるのか、は昼間の街並みにクルマが増えるのだが、その速度が街中ではありえないくらいに速いのだ。「やる気」がある速いクルマのヘッドライトがロームミラーに光ると、見通しの良いところでウィンカーを左に上げて、ブレーキをちょんちょんと踏む。と、背後についたクルマはハザードを焚きながら闇を切り裂いてすっ飛んで行くのだ。

自分のクルマを持った時は、頻繁に夜の支笏湖線を走ったものだ。ある時は追って、ある時は逃げて、逃げ切れない時は左に寄って道を譲る。暗黙の了解というか、そういうルールというか、とにかくそういう空気が支笏湖線を支配していた。

今はどうなんだろう? 車のエンジンをかける時は、ほとんどが買い物や用足しが多いしなぁ。走る目的のために走る、なんてことをほとんどしなくなった。

でも、こういう記事を見てしまったら、ちょっと行ってみたくなった。

圧巻 氷のカーテン


201201205744301l_2 支笏湖近くにある苫小牧市の「七条大滝」が巨大な“氷のカーテン”となり、見る人を楽しませている。

 七条大滝は、樽前山の伏流水を集めた勇払川の滝の一つで高さは約16メートル。青白く幻想的に輝くつららの帯が数十メートルの幅で広がり、つららの長さも最大10メートルに達する。

 例年1月下旬に凍るが、年末以来の寒気で今年は2週間ほど早かった。2月末まで楽しめるという

凍結しダイナミックな景観を見せる七条大滝(苫小牧市で)=三浦邦彦撮影

(2012年1月20日 読売新聞)

でも、「七条大滝」なんて初めて見聞きしたぞ。どこにあるのかと地図を紐解けば、ああ、あの辺か、なんてことは分かった。でも、クルマでアクセスできるのか?

ふむ、こちらの情報によれば、クルマで結構寄れるみたいだけど、クロスカントリースキーの大会のためにゲートが閉じられていることもありそうだ。うーん、結構歩くかな?

でも、記事中の写真を見たら、見に行きたくなっちゃうじゃんね。気分転換を兼ねて、近いうちに行ってくるかな。

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2012.01.21

原子力発電ね・・・

ブログネタ: 原子力発電について、どう思う?参加数

小さい時、学研の学習図鑑に原子力船「むつ」の写真が載っていて、それの説明文には、燃料を入れたら地球を何周もできる未来の船、なんて書いてあったような気がする。それは幼い頃に感じた原子力のすごさ、可能性を示唆するものだった。

やがて、何度かの引越しのうちにその学習図鑑も処分されたが、しばらくは原子力に事について特に何も考えずに生きてきた。が、その間にもスリーマイル島原子力発電所事故があったが、小学生の時分の私には、そんなことがあったことすら知らなかった。

原子力で一番ヤバいと感じたのはチェルノブイリ原子力発電所事故だった。その時は、雨に当たると禿る、なんて噂が乱れ飛んだが、それでも所詮は外国の事故で、ウチらには関係ない、そんな気持ちだった。

そして、平成23(2011)年3月11日の東日本大震災によって引き起こされた津波による福島第一原子力発電所事故。日本じゃそういうことはまず起こらないだろう、なんて楽観的に考えていた。そりゃ、原子力関係では東海村JCO臨界事故なんてのもあったが、それは作業員の慣れと怠慢による「正しくない方法」で、核燃料の加工をしたがための事故だったが、それも、きっちりした既定の作業書通りに作業していれば、起こり得なかった筈の、いわば人災だな。

でも正直、原子力はヤバいんじゃね? なんて考えに至る決定打にはなった。まだ人間には原子の火をうまく使いこなせないんじゃないかとも考えるようになった。

だけど、年々消費電力が増えつつある中で、さらに温室効果ガスの削減、なんて側面から考えても、しばらくは原子力発電は必要だとは思う。そして、少しずつクリーンエネルギーにシフトしていったらいいんじゃないか、なんて考えるんだな。

新しい電化製品は消費電力が少なくなっているけど、どこかで電気の無駄遣いをしているんじゃないか、なんてことも考えたりする。コンビニを始め、24時間営業のスーパーなんて、少なくとも20年前まではなかったと思う。私が知らないだけで、札幌市内で終日営業のスーパー、なんてのもあったかもしれない。

けれど、24時間営業といえばコンビニか、自動販売機ぐらいなもんだった。
テレビだって、深夜の番組が終わったら停波して、画面は砂嵐になったもんだ。が、今はどうだ。24時間営業のスーパーは当たり前のようにある。テレビだって、通販番組だったり、お天気カメラでの札幌市内の様子を映している画面の下に、文字情報でのニュースが流れていたりしている。

これらは無駄なんじゃないか、とも思うんだよね。輪番停電じゃないけど、輪番で終日放送をするテレビ局を変えていくとか、自動販売機の半分は深夜は電源オフ、なんてやったら結構電気も余るんじゃないか?


あと、私は賃貸アパート暮らしだけど、もし持家を持、つようになったら、屋根に太陽電池、小さい風車での風力発電、その他、ガスマイホーム発電なんかも導入して、極力エネルギーの自給自足をしたいんだよね。ただ、それがいつになるのかは皆目見当もつかないけど。


PS
原子力発電っつったって、基本はお湯を沸かしてその蒸気で発電機を回す、蒸気機関でしょ? もっと何か凄い、別の方法なんかないものかねぇ。世界中が「わっ」と驚くような。

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2012.01.20

監督・ばんざい!

年末年始に録り溜めたレコーダーの中身の整理を兼ねて、北野武監督の「監督・ばんざい!」を見る。ネタバレ注意、なので、ここから先は「続きを読む」に書くとしよう。

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2012.01.17

テスト前には・・・

ブログネタ: テスト前の勉強、徹夜でやってた?参加数

私にとってテストとは、22年前におさらばしたものだ。最終学歴は建築の専門学校。だが、専門学校の中で友人はいなかったな。ソリというか、ノリが合わないヤツばかりだった。卒業してそのままそっち関係に就職しても、やっぱりその業界の体質、気質が合わなくて、1年経たずに辞めたんだ。だって、現場監督より偉そうにしている職人、なんてのがざらだったし、こっちはまだまだペーペーだから、偉そうにしている職人のマネをするんだよ。その職人は現場に入ってもヘルメットを被っていなかった。で、その現場から引き上げるときに現場監督が「君、ちょっとちょっと」と事務所に呼ばれ、延々と説教だもん。「あんたがそういう態度を取るんだったら、あんたの会社とのこれからを考えないといけないな」なんて脅されたもんな。


当時はバブルの最終期と言ってもいい頃で、出勤するたびに社長などのエライ人たちが「いや~、仕事ないわ」なんて言うんだもの。外勤、というか、現場に出て職人に指示し、現場監督と色々調整をする立場(でもぺーぺー)から、内勤に異動になったらこれだもの。

っていうか、私自身は職人と一緒になって体を動かす方が性に合っていたみたいで、「お前はそういう事をするんじゃない」と先輩や上司に何度も叱られたけど、やっぱり現場に行ったら職人と一緒になって動き回っていたんだよなぁ。その態度を見かねての異動、だったんだろうな。

でもそれじゃモチベーションも下がるわな。真向いの机に座っていた年上女性社員から「溜息だっかりついてんじゃない」なんてことも言われたしね。


と、そんな話じゃないな。
徹夜を覚えたのは高校の夏休みだった。ラジオの深夜放送を聞き、ベッドに横になりながら古本屋で買った文庫本を貪るようにして読んで、気が付いたら朝だった、が最初の徹夜体験だな。でも、テスト勉強で徹夜はしなかった。

中学時代から、ほとんどテスト勉強は一夜漬けだった。さらに付け加えるなら、ラジオを聴きながらのながら勉強で一夜漬け。テストで出そうなところをヤマ張って、それが結構当たったんだけど・・・、もうちょっと力入れてやっておけば良かったなぁ、とは思うね。それで、中の中レベルを維持していたんだ。でも、過去に森高千里さんが歌っていたように、後になって気付いたって遅いんだよね。

勉強するのに早いも遅いもない、なんて言う人もいるけど、テスト勉強に関しては別。テストで良い点を取れないと良い上を目指せないんだ。良い上、と言う言葉に語弊があるなら、選択肢が広くならないんだ、と思ってもいい。

そして高校。田舎からJR(当時国鉄)で40分かけて、工業都市の商業科併設の普通高校へ進学した。それだって、模擬テストの点数が揮わなかったからと、担任に志望高校を1ランク下げた方が良いんじゃね、なんて言われて、「ああ、ならそうします」とその高校に進んだんだ。ただ、高校入試では、そこの高校の倍率が北海道で一番高かったのは自慢と思ってもいいかな。

で、工業高校は工業を、商業高校は商業を学ぶように、普通高校は普通を学ぶんだ。

テスト勉強も中学からの延長で一夜漬け。さらに、汽車に乗っている40分間、汽車から降りて、バスに乗ったら高校に着くまでの20分間は、ホントに最後のあがきとして教科書やノートを見返した。そうしていると同じようにしている友人が、私が頭に詰め込もうとしていること「以外」のことを尋ねてきやがる。

「はぁ? 何言ってんだおめ」

なんて言って追い返したが、やっぱりヤツが尋ねてきたことはテストの出題範囲外のことが多かった。

また、もう時効だと思うけど、暗記物とかはさりげなーく机に書いておく、なんてことも何回かやった。それがまた結構当たるんだよ。カンニング、だろうな、やっぱり。それで稼いだ点数も結構あるかもしれないな。

そして高校3年の時、担任に「進路どうする」と尋ねられた。今の成績だったら余裕であの大学に推薦できるから、そうした方が良いんじゃないか、なんて言われたんだけど、ウチはあんまり経済的な余裕はなかった。親には「国公立の大学なら行かせてやる」なんて言われたけど、一夜漬けと最後のあがきと、たまーにカンニングでやってきた人間に、国公立の大学に進学できるほどの学力なんか持っている筈もなく、結局妥協策、と言うか、我が侭を通してもらって建築の専門学校に行き、そこの寮(マンションを2人でシェア、というパターンだったな)に入ったんだけど、これでやっと一人の部屋が持てた、と思ってさほど勉強もせず、図面も最低限しかひかずで、徹夜するといったらファミコンでドラゴンクエストをやった時ぐらいだったな。

明日までに図面を仕上げなければならない、なんて場合も、さて製図板に向かうその前に仮眠を取っておこう、と布団も被らず横になったら、気が付いたら朝だった、なんてこともあった。流石にヤバいんで自主休校として、1日遅れで図面提出、なんてこともやった。

ただねぇ、そんな自主休校もさることながら、高校時代に身についてしまった「居眠り」を頻繁にするようになり、また、講師も「私語で授業をつぶされるよりは、やる気のないヤツは寝ていてくれ」なんて感じだったから、法律や構造計算などは惨憺たる有様だった。テストでまず良い点を取った覚えがないもんなぁ。良い点が取れたのは、個人的にもとても興味があったインテリア関係とか、建築史とか、一般常識とか、そんなものだけだもん。

卒業制作にしたって、ろくなもんができなかったし、それでよく卒業できたと思うわ。多分、留年すれすれのレベルだったんじゃないか、なんて思っているんだよなぁ。

だから、私にとって専門学校の2年間と土建屋での1年未満の期間は、黒歴史に他ならない。ひょっとしたらそのツケが今になって出ているのかもしれないな。


ただ、個人的に通信教育でパソコンを学び、そのテストに合格して最終的にパーソナルコンピュータ利用技術認定試験 準1級 認定にまで至ったんだけど、その資格、人によっては「何その資格」なんて言われてしまうくらいマイナーなもの、らしいんだな。ってことは、私にその通信教育をすすめてくれた人に担がされた感も否めないなぁ。

ただ、その人はもう亡くなられたんで、準1級認定、というのはその人にとっての供養にもなると思っているんだよね。だって、その人は2級まで取れたらすごい、なんて持ち上げてくれたんだから。それよっかちょい上レベルになったってことは、ちょっとの自信にも繋がったしね。ただ、その資格が生かせる仕事がないってのが頭の痛いところで・・・。


人生をやり直せるんだったら、14歳、うん、中学2年くらいからやり直したいね。

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2012.01.16

Emergency

昨夜のことだった。サイコロ風呂の中で体を折り畳み、全身をきれいにした。立方体状の湯船にも結構お湯が溜まった。さて上がろうか、と湯船の栓を抜いた。あれ? なんで水が流れる音がしないんだ? 湯船の外、床を見る。


うわ、ヤッベ。


排水口、あるいは排水管が詰まって、お湯が浴室から今にも溢れ出そうとしていた。
まず足で湯船から流れ出すお湯を止め、それからやっと栓をした。

お湯が溜まった床に足を付けて浴室から出るのもなんか癪だが仕方がない。浴室から出た。念 の 為、お湯が浴室から溢れ出ていないかを確認する。ち ょ っ と だ け足拭きマット代わりの雑巾に濡れた感があったが、大量の漏水、と言うほどでもない。畳も少し濡れていた。が、階下の部屋の天井から水が滴る、ってことは多分ないだろう。多分・・・、多分・・・、多分・・・。

が、浴室からのオーバーフロー寸前という状態からは少しでも抜け出したい。なので、溜まったお湯を桶で湯船に戻す行為を繰り返した。深夜にこういったことをしている 切なさ や やるせなさ、もあったが、とりあえずは明日だ。100円ショップに大きな吸盤のてっぺんに棒を付けたアレがあるだろう。そう思ってその夜は寝た。


翌日。浴室は溜まっていたお湯、と言うよりもう水だな、が、ほんの少しずつでも流れていたようで、これなら自分でもなんとかなりそうだ、なんて考えて、まずは知人のSさんから受診することを強くすすめられた肛門科へ行ってきた。

やっぱり、医者と言えどもおケツに指や器具を突っ込まれるのは決して良い気持ではない。つか、痛い。一応潤滑用の何か(ローション? ゼリー?)を付けていたとは思うが、やっぱり痛い。これがおねえちゃんによる(以下略)。

診断の結果は、イボとキレの2プラトンで、注入軟膏2種類、塗り薬も2種類、処方された。


病院の帰りに、直近の100円ショップへ行って求めていたアレを買う。ソレには、なんて商品タグがついていたが、それによれば吸盤の直径が約11センチ。あらかじめ測っていた浴室の排水口本体の直径、およそ10センチからすると、少しばかり小さいかもしれない。

続いて、別の100円ショップへ行ってアレの大きいのはないかと店員に尋ねてみる。あった。その商品タグには、なんて名が記されてあった。気になる吸盤の直径は15センチ。排水口本体が入っている「クレーター」の直径とも合いそうだ。

手に入れた得物を使って排水口と格闘を始めた。
怒りと恨みの念を込めて、交互に二つの得物の棒を上下に動かし続けた。かすかに水の流れる音がする。希望を持ってその格闘を続けるが、それ以上の進展は見られない。

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2012.01.15

カンフル剤音楽

ブログネタ: 元気のでる歌や音楽を教えて!参加数

まず、基本的にホーンが入っていると気持ちが上向きになるね。有名どころではチェイスの「黒い炎」とか、シカゴの「長い夜」なんかがそれに当たるかな。

日本でホーンが入っている有名どころとしては、スペクトラムや、東京スカパラダイスオーケストラ、くらいかなぁ。とりあえず、テレビのプロ野球の好プレイ珍プレイ集(最近見ないねぇ)での乱闘シーンのBGMとしても良く使われたりするのが、スペクトラムの「サンライズ」だけど、ブレーキの壊れたダンプカー、最強の外国人レスラー(現役はもう引退しているのかな?)にして大の親日派のスタン・ハンセンのテーマ曲としても有名だね。

スカパラの代表的な曲ってのはあまり知らないので、YouTube で見つけて「お」と思った「ルパン三世」のライブ映像を貼り付けておこう。

あと、特徴的なリフをこれでもかと繰り返されると、ホーンが入っている曲の即効性と比べると、こちらはだんだんと効いてくるね。

レニー・クラヴィッツの「Are You Gonna Go My Way」は、「それしかないんかい」なんて思わせるようなギターリフの繰り返しだもん。

あと、闘争心に火を着けるのに最適なのが「新・仁義なき戦い」の曲。布袋寅泰さんの「BATTLE WITHOUT HONOR OR HUMANITY」で、映画の「Kill Bill」にも使われていた。

ホントは布袋さんの「仁義なき戦いのテーマ」も見つけることができれば良かったんだけど、どうも見つけることはできなかった。ので、エレクトーンで「仁義なき戦い~新・仁義なき戦い」を演奏している動画を貼り付けてお茶を濁してしまおう。

布袋さんの「仁義なき戦いのテーマ」は、最初にホーンが入って、その後にクルマをイメージさせる音があって、ついでピストルの ぱん 、てな感じの音が来る。メドレーで聞くと、闘争本能に火が着くような気がするんだな。

「戦い」に臨む前に気分を高ぶらせる曲には、先にも挙げたスタン・ハンセンの入場曲のように、プロレスラーの入場曲なんかも気分がアゲアゲになるね。

1曲目は長州力のテーマ曲で、作曲したのは知る人ぞ知る某テクノのカリスマ、なんだよね。
2曲目はブルーザー・ブロディの入場曲で「移民の歌」なんだけど、インストにするとなんかふにゃらけちゃうなぁ。元ネタは3曲目、Led Zeppelin の Immigrant Song(移民の歌)だよ。他にロック系では、ロード・ウォリアーズの入場曲、Black Sabbath の「Iron man」なども気持ちを持ち上げてくれる。

戦う人の入場曲には気分を高揚させる曲が多くみられるけど、たまーに爽やかさが先行してしまうこんな曲とか、

なんかもある。ちなみにこの曲はミル・マスカラスのテーマ。逆に、これからの成り行きが怖いと思わせる Pink Floyd の「吹けよ風、呼べよ嵐(One Of These Days)」を入場曲として使っていたのは、アブドーラ・ザ・ブッチャーや、インドの狂虎、タイガー・ジェット・シンといった悪役レスラーだったと思うけど、これも気持のマグマが ふつふつ とたぎってくるような感じがするな。

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2012.01.14

買ったつもりで・・・

目下絶賛浪人中のため、緊縮財政を余儀なくされている。これが日用品や食い物、光熱費、通信費、病院やクスリ代など、支払わなければいけない物もそこそこあるが、それ以外は極力支出を抑えている今日この頃である。

だがしかし、本屋やレンタル屋、リサイクルショップやホームセンターなどに行くと、むくむくむくっと物欲の虫が俄かに疼きだし、にっちもさっちもどうにもブルドッグ状態に陥るのだ。

まぁ、そういう所に行くのは暇潰しが主な目的なので、財布の中身も必要最小限しか入れておかないおけないのだが。

そこで私は考えた。
後先考えず「衝動買い」をするのは別に悪いことだとは思わない。実際、中古品は見つけたその場で決めないと、後で行ったらその場にその品がなかった、なんてことも有り得るから。、それが日々の生活のためのカネだったら話は別だ。ならばどうするべ? ふむ、クルマの中に常備しているメモ帳とペンを持って店に入り、欲しいものと値段を書き出し、それをアジトに持ち帰ってもう一度その内容を確かめて、それでどうしても欲しかったらその時に買いに行くべ、と。買ったつもりでメモしておいて、その品を使っているシーンを想像してみるべ、と。

とりあえずその作戦は大当たりだったと思う。
メモを見返してみると、某リサイクルショップで、六角レンチセット 630円、腕時計ジャンク 1,575円。ホームセンターで、腕時計太陽電池駆動タイプ、シチズン 2,980円、カシオのちょっとカッチョ良いヤツ、3,280円。別のホームセンターで、充電式単三乾電池エボルタ4本 1,080円、メタルポールワゴン、1,780円、2,280円、パイプハンガーワゴン 998円、GPS レーダー探知機、14,800円、ドライブレコーダー兼用レーダー探知機、19,800円、ナンバープレート用 LED 1,980円。ざっとこんなもんだ。

諭吉さんレベルになると、今の私の生活レベルではおいそれと買えるものではない。それに、情報誌などでそのキカイの評価と実勢価格がどんな感じかを確かめることもできるし、これは一石二鳥、と言っても良いだろう。自画自賛かもしれないけど。

でも、中古品はねぇ・・・、見つけた時が買い時なんだよね。六角レンチセット、狭いところでも回せるような、「くびれ」の先に玉みたいになっていて、ちょっと高級に見えるやつ、それを買いに行こうかと思ったら、すでにその店のその場には、なかった。

いや、六角レンチは、使いたいときに見つからず、クルマの中の工具箱に移したかなと思って確かめに行っても見当たらず、結局100円ショップで精密ドライバーセットと一緒に買ったよ。多分、何かの拍子で変なところから六角レンチセットが出てくるに違いない。


あっ。


100円ショップも衝動買いをしてしまう人間にとっては鬼門だった。イカンイカン、気を付けなければ。

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2012.01.13

続 デアゴスティーニ

近所のツタヤに行く。CDなどのレンタルもさることながら、本屋としてもなかなかな品揃えで、大変重宝している。

で、その本屋でまた、見つけてしまったよ、デアゴスティーニネタを。

それは「ブルーノート・ベスト・ジャズコレクション」だ。わぉ、すごいや。詳細なページまで用意してある。

本屋でも確認したし、そのサイトでもあるように、創刊号はマイルス・デイビスで、その次はハービー・ハンコック。ジャズに疎い私でも知っているビッグネームがぞろぞろ名を連ねている。これをとっかかりにしてジャズの世界にのめり込んでみてもイイかな、なんて思った。ふむ、創刊号が特別定価で490円。まぁ、そんなもんだろう。で通常定価が1,190円・・・。隔週刊ということ、CDがついていることから、それを習慣に換算したとしても600円弱、か。

でも、全70号を予定だって?
1,190円に掛けることの69、それに加えて490円で、〆て・・・、82,900円。それを高いとみるか安いとみるか? 隔週刊だから3年近く続くことになるのかな?

3年で8万円ちょい。うん、安いとみよう。今までなかなか知る機会がなかった音楽を詳しく知ることができて、82,900円を3年で割ってみると、27,633.333.......円。切りの良いところで27,640円でどうだ。1年でそれだけを「投資」すれば俄かジャズ通になれるんだな。ふむ、大変興味深い。

ただ、現在の私は浪人。収入が無いのにも関わらずそれだけのカネを工面できるか、それが大きな問題だ。600円の週刊誌を買うつもりで踏み切ってみようか。いや、今は色んな所で切り詰めて、行かなきゃいけない歯医者へも行かず、調子の悪いおケツを診察してもらうために肛門科にも行きたいのだが、それだって我慢している。個室で歯を食いしばり、痛みに耐えての排泄は相当辛いぜよ。

実家で過ごした年末年始の間は、極力多く食物繊維を摂るように心掛けたが、なかなか効果が表れず、痛い思いをしている。そのため、外出先でもよおした時には極力新しい建物に・・・・・・、なんでデアゴスティーニ、なんでジャズの話からこんな尾籠なネタに移行したんだ?

何にせよ、大変心をくすぐられるネタを用意してくれたものだ>デアゴスティーニ。ただ、これに味を占めて、グラムロック・コレクションとか、プログレッシブロック・コレクション、ハードロック、ヘヴィメタル・コレクションなんてのが出てきたらどする? テクノポップ・コレクションなんてのが出てきたら、多分コロッとイっちゃうね。

後生だから、そういう罪なことはしないでおくれよぅ>デアゴスティーニ。


それにしても、出版不況、なんて話を聞いたことがあるが、少なくともデアゴスティーニのような、週刊や隔週刊で部品を一つずつ組み立てて行ったり、コレクションしていく雑誌や、学研の大人の科学マガジンのようなものが存在する、というか、上手く隙間を狙った本が出てくる限りは、そういうのもなんか嘘っぽく感じちゃうよ。でも現に、北海道に特化したクルマ情報誌は休刊しちゃったし。かと思えば、長寿雑誌なんかもあるし、実際どうなっているんだろうね。

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2012.01.11

Imperial March 詰め合わせ

まずは正統なものから。
だんだん凄いものになっていくから。















ただ、こうやっていろいろな「」によって奏でられるこの曲は、やっぱり誰もが知っている名曲だから、なんだろうな。

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2012.01.10

極私的札幌冬道攻略法 その三

一気に行っちゃおうかぁ。

念のために書いておくけど、ここに書かれたことを実践して何らかの被害をこうむっても、当方は一切関知しないのでそのつもりで。だって、極私的だもん。ただ、参考にはなるかな、とは思う。



狭い道は譲った者勝ち。

雪が積もってそれが解けずに「根雪」になると、道幅が狭くなる。夏場だったら普通車でもなんとかすれ違えるような細い道が、軽自動車でもすれ違いができないくらいに狭くなる。じゃぁ、その時どうするか。場所と状況にもよるけど、ちょっとバックして相手の車を通すくらいのスペースを確保できるなら、バックして、そのスペースを空ける。

すると、対向車のドライバーは「おっ、悪いね」とお辞儀してくれたり、手を上げてくれたり、ビッと軽くホーンを鳴らしてくれたりする。中には礼儀知らずのバカ野郎なんかもいるが、基本は「どうぞどうぞ」なのだ。もし対向車がすげード下手糞で、自分の車の側面をこすってしまった場合があったとしても、こっちは止まっていたんだ。なにも悪びれることなく保険屋に「10:0だ」と言い張ったっていい。そのためには状況証拠としてドライブレコーダーなんかの動画もあった方が良いかもしれない。な~に、今やドライブレコーダーなんてホームセンターにも諭吉さんでお釣りがくるのが売っているし、それを安全への投資、仮に当てられたときの保険みたいな感じで取り付けるのもアリかな、とは思う。

他にも、わき道から太い道へ入ろうとしている車がいて、タイミング的に「私の前に入れた方がいいんじゃね?」なんて場合も、スペースを空けてやる。ついでに左手のひらを上に向けて「ど~ぞどぞ」なんて身振りを加えてやると、「すいませんねぇ」なんてお辞儀が返ってくる。中には合流した後にハザードを焚いてくれる人もいる。がしかし、「入っていいよ」とスペースを空けておいても、入ってこない人もいる。一呼吸の間待っても入ってくる様子が無ければ、無視。



信号になった、さぁ発進。だけどちょっと待て。

現在のスタッドレスタイヤのようにそこそこ性能が良いと、まぁまぁ思い通りには動かせる。けど、20年前のスタッドレスタイヤは、正直言うと、あまり性能は期待できなかった。だから、そこそこのペースで広い道を走っていても、前方の歩行者用信号機信号が点滅していたら、とりあえず減速した。信号によってもその歩行者用信号機の青信号の点滅時間が違うので一概には言えないけど、そういう気持ちで走っていた。

だって、加速なら駆動輪を空転させながらでもできるけど、減速はタイヤがロックしたらつるー、タイヤがロックしないように丁寧にブレーキを踏んだら、思った通りに止まれない。必然、赤信号なのにコントロール不能状態で飛び出してくる車も、いた。昔ほど気にする必要もないかもしれないけど、止まり切れずに突っ込んでくる車もあり得る、と頭の片隅にでも置いておいてもらえば幸いかと。動いている車が止まるのは難しいけど、止まっている車が動き出すのは、止まるよりは簡単。ま、状況にもよるけど。



むやみやたらに空転、ロックさせるんじゃねぇ。

昼間に爆弾雪が降って除雪車の出動も期待できない時なんかは、主要幹線道路でさえオフロードと化す。冬に弱いとされるFR車だと、その踏み固められていないふかふかの雪に足を取られて、止まったら動けなくなることもある。そういう時は仕方がない。が、硬く締まった圧雪路でむやみにホイールスピンやタイヤをロックさせての停車はやめて欲しい。そのホイールスピンやロック状態によって圧雪路面の表面が融け、そして凍る。そんなことが繰り返されると、その場所は恐怖の「ミラーバーン」になるのだ。何も考えずにそこにタイヤを「置く」時にまず、つるーっと行く。そして走り出しは、どうにもならない。FRだろうがFFだろうが四駆だろうがトラクションが全く掛からない。

ならどうする? ハンドルを切って、路肩やセンターラインの方向に這うようにして動き、少しでも磨かれていない、荒れた雪面にタイヤを乗せる。札幌を走るタクシーの8割以上はFR車だ。止まるとき、走り出すときに彼らがどんな動きをするのか観察し、マネできるネタがあったらマネしよう。

だって、タクシーは走ってなんぼだけど、タイヤはプアなんだよ。一般車よりも悪いと思われる条件で雪の札幌市内を走っているんだ。学ぶところは結構あるよ。


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2012.01.09

キリ番げっと

キリ番げっと
一区切りついたかな?
これからどれ位、この数字を増やしていけるだろう。

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2012.01.08

極私的札幌冬道攻略法 その二

来訪者も私自身も忘れたと思っていた頃に、ふと思い出してまたアップしてみる。

ま~さ~か~、雪国で越冬するのにも関わらず、スタッドレスタイヤを用意していない、なんて人はいないよなぁ。まぁ、確かに、冬場は車庫の中で冬眠させておくという人もいないわけじゃない。知り合いでも何人かそういう人を知っているし、冬場に散布される融雪剤のダメージを食らいたくないちょい古から旧車を持っている人は、冬場のゲタ車としての軽自動車なんかを持っていたりする。

まぁ、それはそれでアリだとは思う。が、私のようなびんぼう人は、1台で全てを賄わなければならない。以前のっていたカリーナは、そんな融雪剤のダメージを最小限にとどめたいと思って、車検毎にシャーシブラックを厚塗りしてもらったもんな。それにも関わらず、洗濯板というか、そろばん状態というか、そんな雪道を走っていたら、右リアショックの取り付け部分が折れる、なんてこともあったくらいにして。そのおかげで嫌でも雪道ドリフト仕様となってしまった。

その上夏タイヤを、カネがないからと中古タイヤで前後4本を賄おうと思っても、なかなか4本セットというのは探すと無いんだよね。仕方がないので前後で違うブランドで組んでもらったら、雨の日の交差点、横断歩道の白い部分で滑る、なんてこともままあった。それも想定内だったから、特になんてこともなかったけどね。


さて、越冬するためには冬用のタイヤ、一般的にはスタッドレスタイヤが必要になる。身障者が運転する自動車や緊急車両においては、禁制品のスパイクタイヤの装着も認められている、と思った。が、街中でたまに見かけるスパイクタイヤ装着車は、じじぃが運転するクルマだったり、巨大なランクルだったりするんだよなぁ。

一応、闇ルート(?)ではスパイクタイヤも売られているみたいだし、競技に限ってはロシアからの輸入品を使う、なんてこともあるみたい。

だけど、スパイクタイヤを履いた車の後ろを走ってみ。
雪面が引っかかれるため、ちょっとはグリップもアップして走り易い一面もあるが、そんなスパイクタイヤ車に急ブレーキを踏まれてみ。いくらスタッドレスタイヤの性能が上がったといっても、所詮は雪面を「捕まえる」スタッドレス。雪面に「突き刺す」スパイクとの性能の差は歴然。多分おカマを掘ると思う。

嫌な話だねぇ。
と言って、スパイクに代わる何かとしてチェーンを巻くことは、北海道じゃまず有り得ない。競技の世界じゃどうか知らないけど、チェーンを巻いているクルマはほとんど見ないな。過去には、シビックの後輪だけに巻いている光景も見たことがあるが・・・、何を考えて前輪駆動の車の後輪にチェーンを巻いたのか、私には理解できない。

まぁ、トラックやバスはチェーンを巻いているのも結構見かけるし、トレーラーヘッドの駆動輪に、タイヤ全体を覆うんじゃなくて、一か所に一本の鎖を巻きつけて、それで坂道を喘いで登っている光景なんかも見たことがある。トラックやバスなどの大きな車にチェーンを付けて雪道を走ってくれると、平滑でツルンツルンだった道も少し荒れて、走り易くなったりもするんだよ。

越冬するのに冬タイヤが必要になるってのは、相当なおバカでも理解できるとは思う。

じゃ、ワイパーはどうだい?
一般的なワイパーは、鉄の構造材がむき出しになっていて、その先にワイパーブレードがある。けど、冬用のワイパーは、そんな構造材なんかもすべてゴムで覆っている。そうしないと、構造材の隙間に雪が詰まって固まり、凍って、ワイパーが用をなさなくなってしまうのだ。ワイパーブレードのゴムも凍ってちぎれてしまう懸念もあるな。

中には、気合と根性で夏用ワイパーのままで越冬する人もいたりいなかったり・・・。ただ、北海道南部のように比較的暖かいところだとそれも可能かもしれないけれど、雪がどさぁと降るところで夏ワイパーのままだと、やっぱりワイパーが用をなさなくなって、最終的にはフロントガラスで視界不良、なんてことだってあり得る。


ワイパーついでに、ウォッシャー液にも気を配っておこう。
私はフロントガラスに撥水コーティングをしているので、夏場だったら「水で十分さ」なんて思っているんだけど、水って0度で凍るじゃない。ウォッシャータンクの中身が水だけだったら、いざというときに使い物にならなくなる。

冬の道は時々刻々と変化する。圧雪、アイスバーンだった道が、場所が変わるとその雪、氷がすべて融けていて、前を走るクルマが巻き上げる泥水の水煙をまともに食らうことになってしまう。ワイパーだけで対処できたらまだ良いけど、もうちょっと水分が欲しいことだってある。その時にウォッシャータンクの中身が凍っていたら、ワイパーレバーを引っ張ったり、レバーの先っちょのボタンを押しても、「うーんうーん」とモーターが空回る音がするだけで、タンクの中身がノズルから噴射されることはまずない。

前に乗っていたカリーナは、ボンネットを開けるとウォッシャータンクが丸見えだったので、エンジンのの熱でタンクの中身を融かしてくれる、なんて期待もあったし、実際にそういう体験もした。が、今乗っている軽自動車は、エンジンルームがぎっちぎちに詰まっていて、そんなタンクを置くスペースがない。それならばってんで、左フロントフェンダーの中身にタンクを入れているでやんの。

これじゃタンクの中身が水だったら簡単に凍り、そして簡単には融けてくれそうもない。
だって、寒冷地仕様のウォッシャー液を突っ込んでいても、氷点下の山の中を走ってウォッシャーを使ったら、ほんのちょっと出ただけで、ノズルのあたりで凍ってしまって使い物にならなくなった。仕方がないから適当なところにクルマを止めて、そこらにある雪を握って雪玉を作り、それでフロントガラスをこすったんだから。


なんかダラダラと書いてみたけど、札幌の雪道を攻略する方法はまだ触れていないな。期待して待たれたい。って、次回はあるのか?

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2012.01.07

デアゴスティーニ

いつから週刊で本を買い続け、その本についている部品を一つ一つ組み上げていくことでブツを完成させる、なんてのが始まったんだろう? デアゴスティーニのサイトを覗いてみてびっくりしたよ。こんなにネタがあるのかよ、と。

最初は確か、猟奇殺人者ファイル、みたいな感じだったように思う。その頃は今よりも余裕があって毎号買うのも苦ではなかったのだが、いつになったら終わるんだ、なんて妙な疑問に駆られてしまったことと、それを買っていた本屋が取り扱わなくなったことで、一気に熱は冷めた。

しばらくデアゴスティーニの名前を聞かなかったなぁ、なんて思ったら、今度は週刊で部品を一つ一つ組み上げていくという。近所の本屋に行ってみたら、まぁテレビで見てフェラーリF1を取り扱ったものがあるのは知っていたが、まさか蒸気機関車D51まであるとは・・・。

こういうのって創刊号は安いんでしょ? でも、次号からはどーんと値が「通常価格」に上がってしまって、んなもん、週刊で2,000円近い雑誌なんか買ってられんわい。で、完成するまでに何号買わなきゃいけないの? それは、田宮当たりのプラモデルやラジコンじゃだめなの? NゲージやHOゲージじゃだめなの?

それにしても、よくもまぁこんなに手を変え品を変えして、客のニーズに絨毯爆撃できるなぁ。それに今じゃ、デアゴスティーニの他にも同様な雑誌を出している会社もいくつかあるでしょ?

まぁ、そういう雑誌が出る、二匹目のどじょうを狙えると踏んだからそういう似たような雑誌を刊行できるんだろうけど・・・、模型やラジコンを作るシリーズでコンプリートした人ってどれくらいいるんだろ?

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2012.01.06

基本はパジャマなんだが

ブログネタ: あなたは寝るとき何を着る?参加数

寝るときのカッコは、基本的にはパジャマだな。パジャマが洗濯されて寝るときに着るものがなくなったときには、スェットの上下、なんてこともあるし、何かで非常に疲れたとか、精神的に打ちのめされてしまった場合には、ふつーのカッコのまま布団にもぐりこむこともある。

っていうか、アジトのなかでは部屋着として、パジャマだったりスウェットだったりを着ていることが多いんだよな。外出から帰ったら、まず部屋着に着替えて気持ちを切り替えるんだ。で、一度着替えてしまうと外に出たくなくなって、必然的に引きこもりになってしまう。

ホントはいけないことなんだろうけど、ゴミ収集日の前日夜中にゴミ出しをすることが多いのだが、その際もパジャマをはじめとした部屋着に綿入れはんてん、あるいは革コートを羽織っただけのカッコに素足でサンダルの出で立ちで玄関を出てゴミ捨てに向かう。多少寒くても、時間にして数分もかからないなら、そんなカッコでパッと出てしゅっと引っ込む、なんてことをする。

ただ、わがアジト近郊ではまだ聞いたことがないのだが、ゴミ捨て場で不審火が相次いでいる自治体、なんてのも存在しているから、ゴミ捨てはホントに朝にやるべきなんだろうけど、・・・朝、弱いんだよね。気が付いたらゴミ収集車が行った直後だった、なんてこともままあるし。


ちなみに、冷房が完備されていないおんぼろアパート、つか、北海道の共同住宅でエアコン完備ってのはまず少ないんじゃないか? 、 そんなアパートで夏場を乗り切るときには、Tシャツに短パン、なんてカッコになることもあるし、暑さに耐えかねるとパンツ一丁、なんてこともあり得る。ただそんなカッコだと、腕や足にかいた汗が布団に行ってしまうので、極力は腕足を隠すようなカッコを心掛けてはいるんだけどね。

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2012.01.05

坊ちゃん

私はどうも「メインストリーム」から離れた物に興味を持ち、それにのめり込んでしまう性格のようだ。41年生きてきて今さら気づいたのか、なんて問われたら返す言葉がない。

さて、現在私は実家に帰省し、心身の充電の真っ最中である。
実家には弟が使っていた机がまだ残っており、これは好都合とその机にノートパソコンを置いてぽちぽち打っているのだが、身長180センチ越えの男がパイプ椅子に腰掛け、机に向かうのは大変窮屈である。体を後ろに引かないと使えない引き出しを取り払ってしまえば、まだ太ももが机に干渉することもないだろうが、まぁそれもメンドくさいと。

なので、机の上面ぎりぎりの位置にノートパソコンを置き、足はあまり机に潜り込まないようなポジションを取っている。が、やっぱり窮屈なんだよね。

その弟の机に2冊の文庫本があった。1冊は夏目漱石の「坊ちゃん」で、もう1冊がマーク・トウエンの「ハックルベリイ・フィンの冒険」だ。その2冊を弟が買ったのかどうかは分からない。

私は幼いことから本が好きで、学習図鑑の乗り物を扱ったものはホントにボロボロになるまで読んだものだ。その他、父がどこかから貰ってきたと思われるハードカバーの西洋の怖い話の本なども、幼稚園時代には読んでいた。

乗り物を扱った学習図鑑は弟も私とほとんど変わらない興味を示していた筈なのだし、私6年間、弟6年間、タイムラグは2年ということで、8年は親が学研の科学と学習を買い与えてくれた。自分の分の科学と学習が読み終わると弟の分の科学と学習を読んだりして、「これが2年の差か」なんて思うこともあったくらいにして。

だが、中学に入ると状況は変わり、私が中一~中三コースまで買い与えてくれたのに対し、弟はあまり本が好きでなかったようなのを親も知り、中学時代の情報誌を弟に買い与えるということはなかった。

また、中学時代の国語の教科書で星新一のショート・ショートに出会って衝撃を受け、高校時代に至っては田舎から汽車で40分の工業都市の高校へ通っていたため、帰りの汽車の時間待ちのために古本屋(といっても2件しか知らなかったな。ブックオフなんてものも存在しなかったし)に立ち寄っては、財布の中身と相談し、貪るようにして日本のSF作家の作品を読み漁ったものだった。

正当路線を踏襲するならば、太宰治とか芥川龍之介とか夏目漱石などが挙げられるかもしれないが、私には日本のSF作家の文庫本の方が大切だった。その文庫本もいまだにアジトの片隅にあり、「もう読まないんだから処分しちまえ」なんて親に迫られても、のらりくらりとかわしている昨今なのだが、さすがに20年以上も読まないで置いておいた文庫本の山は、そろそろ古紙回収ボックスに投げ込んできてもいいころかなぁ、なんて思ってはいる。


さて、実家にいると時間を持て余してしまうのだ。今は Pocket Wifi の端末をノートパソコンに繋げることでインターネットにアクセスできるようになったし、実家のCDを借りて MP3 化する、なんてこともやった。雑誌も時間潰しにはちょうど良かった。が、それら全てを使い切ってしまうと、ホントにヒマになってしまう訳だ。

なので、カバーを裏返しにしている怪しげな文庫本2冊を発見し、そのうち薄っぺらい方を開いてみたら、夏目漱石の「坊ちゃん」だったという・・・。

まぁそれだけだったら「へー、弟が買っていたとは思わなかったなぁ」で済んでいたのだが、職業訓練の Word の授業で使ったテキストに坊ちゃんの一部が引用されていて、それを課題として入力せよ、なんてものがあったため、多少興味がわいたんだな。

でも、時代が違うと言葉使いや漢字の使い方も違っていて、入力ではえらく苦労した覚えがある。読むにあたっても、まぁ、慣れてしまえばすらすらと読めるようになったが、それまでは結構大変だった。

ストーリー的には現在にも通じるものがあってなかなか興味深かった。
東京の物理学校を卒業した後に四国の中学校へ数学の教師として赴任した「坊ちゃん」だが、宿直時にあった生徒のイタズラにブチ切れたり、教師間の人間関係で、嫌いな相手の弱みに付け込んで鬱憤を晴らして辞職したりと、人の所業ってのはそうそう変わるもんじゃないんだなぁ、なんて思い知った次第ではある。

これが、古典文学への入り口になってくれたらくれたで面白いんだろうけど、ほかにもやらなくてはいけないことが山積していて、本を読むという機会を作ることが難しくなった。自分のクルマを手に入れたころから、読むという行為が雑誌に限られてしまったのも原因かもしれない。

でも、平井和正の長編小説に関しては、角川文庫から徳間書店へと出版社が変わっていたりしながら、現在も続いているのかどうなのか。でも、本屋に行ってもなかなかその続きを探し出せないし、ブックオフではまず並んでいないし、場末の古本屋で何冊か見つけたとしても、何巻まで読んだのかを忘れてしまっている始末。それらを整理するにせよ処分するにせよ、「最後にもう一度目を通しておきたい」なんて気持ちがあると、その行為の終わりがいつになるのか、考えるだけでも頭が痛くなるな。

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2012.01.04

極私的札幌冬道攻略法

自分のクルマを手に入れて20余年、車歴は2台と少ないが、その分は通勤などでほぼ毎日走ることで経験し、身に付けていった運転スキルがある。このエントリから何回か、そんな自らの体験を振り返りながら、札幌冬道攻略法なんてネタをでっち上げてみたい。

まず初めに、私が手に入れたクルマを紹介しよう。

CarinaAa631

昭和60(1985)年式 AA63 型 トヨタ カリーナ GT-R である。ホントは自分のクルマの画像をアップすればよかったんだろうけど、出先でこれを打っているため、メインのパソコンの中にある自分のクルマの画像を持ってくることは叶わなかった。

さてカリーナ。何の変哲もない 1.8 ~ 2.0L サイズの中型セダンにコンパクトな 4A-GEU 型エンジンを載せ、後輪を駆動する。かな~りぶっちゃけてしまうと AE86 レビン、トレノとエンジン、ミッション、駆動方式が同じなクルマで、兄弟車種としてセリカやコロナが存在した。セリカやコロナはどうか分からないけど、このタイプのカリーナは前後の重量バランスがほぼ 50:50 という理想的な配分で、アクセルのオン、オフでどうにでも振り回すことができた。ただ、ボディサイズに対して 1.6L のツインカムエンジンで130馬力だったとしても、幾分パワー不足だった感は否めない。

でも、使い勝手は本当に良かった。エンジンも基本的には丈夫で、水と油と空気をちゃんとチェックしていれば、私を裏切るようなことはほとんどなかった。数少ないカリーナの反乱として、燃料ポンプ仮死があったり、オルタネーターが逝ったり、セルモーターのピニオンギアが頑張りすぎてしまう、なんて感じの不具合があったが、燃料ポンプに関しては「修理が上がったら工賃、部品代を含めて電話で教えてください」と言ってそのカリーナを手に入れた店に託したのだが、修理が上がったと連絡はあっても、修理代金の請求はカリーナを降りるまで無かった。あの時期のトヨタ車は、タンクインの燃料ポンプがイカレる、ことが多かったみたいで、ひょっとしたらリコールが出ていたのかもしれない。

オルタネーターは、解体屋から調達するも、そのオルタネーターもイカレていて、結局近所のトヨタディーラーで、オルタネーターのブラシを交換してもらうことで復活を遂げた。

セルモーターも解体屋から調達するも、やっぱり同じ症状が出てしまい、結局ヤフオクで落としたのだが、落としたオルタネーターは、実は 1G-GEU 用ではないか、とディーラーメカさんから指摘され、結局返品して返金もしてもらい、その後、ちゃんとした電装屋が売りに出していたリビルト品を付けることで解決に至った。

なお、これらの出来事で、最重要な部品は解体屋から調達するのはやめよう、なんて思う契機にはなった。

でも、トラブルらしいトラブルといえばこんなもんだなぁ。融雪剤+爆弾雪での凸凹道を走ったせいで、右リアのショックアブソーバーの付け根から折れる、なんてアクシデントもあったりしたが、自走できなくなるほどのものでもなかったから、別にトラブルとは思っちゃいない。それに、リアのショックアブソーバーだけをそれまで付けていたのと同じのに交換してもらったのだが、ちょっとヘタったか、なフロントショックに対して、ツルシの新品を取り付けることでクルマの挙動がピーキーになり、交差点の左折でも曲がったと思ったらすぐにハンドルを戻さないとスピンしてしまうほどだったし。それはそれで面白かったけどね。

っと、クルマの説明が長くなってしまったな。
カリーナに乗って初めての冬を迎えるに当たり人気のないダートで練習もしたが、いくら練習をしたとしても、冬道はホントに走ってナンボ、なんだよね。体で覚えないとダメなんだ。

でも、実践編はまた今度ということで、今回は、冬道に弱いとされるFR車で越冬するために用意した物を紹介して〆としよう。


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2012.01.03

私の正月

比較的文化的な一日だったとは思う。というのは、身銭を切って買うなり借りるなりするCDって、大体相場が決まってしまうものなのだ。冒険をしても、頑張って森進一がいいところ、だな。

そんな訳で、親が買うなり貰うなりしたCDを借りて MP3 変換作業に勤しんでいたのだ。ただ、イーモバイルの Pocket Wifi のせいなのかわからないけど、変換ソフトには、CDのデータライブラリーを検索して、その結果をそのまま MP3 ファイルの名前やタグに設定することができる機能があるのだが、それがことごとく弾かれてしまうのだ。データ入力は特に苦ではないから別に構わないんだけどね。

仕方がないのでライナーノートを読んで曲名を一つ一つ入力していったさ。Pocket Wifi の端末があればどこでもインターネットができる便利さとトレードオフの関係にあるのがこれなのかなぁ。


それではまず、Elvis Presley や Neil Sedaka といった、私の好みからかなり外れているジャンルのCDを5枚やっつけた。近代音楽の歴史を語る上で、多分外しちゃいけないアーティストなんだろうけど、なかなか触れ合う機会がなくてねぇ。ただ、Elvis Presley は新しいスタイルの音楽の素材として取り上げられることもあったので、それを聞くとなかなか興味深く感じたこともあったが、Neil Sedaka やその他のアーティストの曲をラジオでたまたま聞いたとしても、つまらなくて頭に何も残らなかった。今回の MP3 化で新たな発見があるだろうか。

その他は全て邦楽。宮 司郎や八代亜紀、石原裕次郎あたりもストライクゾーンではない。なので、改めて聞いてみてどんな感想を持つのか、自分自身でも楽しみではある。残りは二葉百合子(誰それ?)のCDで、タイトルが「浪曲と台詞で綴る 涙の歌謡劇場」だ。お気楽に聞くには少しばかり荷が重そうな気がする。

残りは井上陽水の「9.5カラット」なるアルバムだったり、中山美穂(!!!)のCDもあったのだが、中山美穂のCDがなぜ親の所有物になっているのか、どう考えても答えが出ない。訳が分からん。井上陽水だって、親の音楽趣味の範疇に入るとは思えないしなぁ。

いずれにしても、これで我がパソコンの中の Music Library も範疇が広がることだろう。ただ、聴くかどうかはちっと怪しいとは思うけど。

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2012.01.02

断捨離? 無理無理

ブログネタ: あなたはモノを捨てられる人? 捨てられない人?参加数

捨てられないねぇ。
中学から高校、専門学校時代に貪るようにして読んだ、古本屋で買った文庫本なんて、多分これから読むこともないであろうにも関わらず、「いや、ひょっとしたら」なんて思い返し、「このストーリーの作品は何だったっけ」なんて考えに憑りつかれてしまうと、ある程度片付いた筈の我がアジトが、また以前のようなカオスなることは明らかだ。

それでも、昔読んでいた雑誌はかなり処分した。クルマ雑誌やカメラ雑誌、音楽誌に無線情報誌、パソコン雑誌、大人の絵本等など。それに、定期購読している雑誌は、1年経ったら捨てるようにと考えるようになったし、極端な話、一週間前に買ったパソコン雑誌だって、必要な部分だけを抜き取って、あとは古紙回収に出すようにした。


捨てられないのは他にもある。カセットテープやビデオテープだ。カセットテープは暇を見付けてはデジタル化、MP3 化しているが、ビデオテープはまだほとんど手つかずだ。そして、どちらにも共通しているのが「再生してみないと内容が分からない」ということ。ビデオテープの背は、タモリ倶楽部関係だけはラベルに書いて貼ってあるが、それだって詳しい内容が分からない。

それらのデジタル化がシゴトになるならいいんだけど、今は浪人。密かな希望を抱いていた某会社からも「この度は 云々」なんて紙っぺらが入った封筒が送られてきた。あー、全て一からやり直し、だ。けど、職安も御用納めらしく電話が繋がらないし、他の会社だって似たようなもんだろう。ならば、今のうちに「爆弾」作りに精を出すか。私にとっての書初めは、履歴書だな。


他に捨てられない物は、初代ファミコンとそのディスクシステム。ファミコン自体は結構最後の方に作られた物のようで、カセットの端子を受け止める部分が銀色になっている。ディスクシステムも買ったはいいけど、ディスクシステム用のソフトがない(自爆)。やー、これには参ったねぇ。

ファミコンもテレビと接続するため、昔のようにアンテナ線に割り込ませる方法はもうできないから、ならば改造して白赤黄色のビデオ出力端子を増設しなければいけない。その工作自体が我が手に余るようだったら、ヤフオクでそういうのを落とす手も考えられるが、今の横長の画面で、昔の大体正方形の画面のゲームって楽しめるかなぁ? ひょっとしたら横に間延びした画面になって、変に酔ってしまいそうではあるな。


その他には、クルマ用の補修セットとかスペアパーツとかも捨てられない。前に乗っていたクルマの取説だって未だに持っているんだから。ヤフオクに出したら売れるかな、なんてことも考えつつも、どうしてもその決心がつかない。形見として取っておきたい、なんていう気持ちもある。


これが例えば使い捨ての物だったら、特に何の愛着もなく捨てられるのだ。ペンだって、書けなくなったらすぐにゴミ。液体糊だって、アタマのスポンジの部分が詰まってしまったらゴミ。それが嫌だからとリップクリームのようなスティックタイプの糊だと、接着力に難アリ、なんて感じてしまうし。だから、履歴書に貼る写真、履歴書によっては両面テープがついているものもあるが、職業訓練でもらったオリジナルフォーマットの履歴書に写真を貼るときは、そのどっちの糊も使いたくないのだ。糊がはみ出ると汚いから。なので両面テープを使っているのだが・・・。


でも、長い間使っていて壊れてしまって修理も効かない、直すよりも新しいのを買った方が安い場合でも、使っていた期間が長ければ長いほど、捨てるのに決心が必要だった。

やっぱり捨てられないんだよ。何でも溜めこんじゃう。だからなのか? アタマがおかしくなったのは?

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2012.01.01

謹賀新年

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旧年中はいろいろお世話になりました。
本年もよろしくお願いいたします。そして、このブログ、このエントリを読んだ人に幸多からんことを。

平成24年元旦

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