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2012.02.02

我が女性遍歴

色っぽい色を付けた扇情的なタイトルを冠してみたものの、ほとんどが片思いか、あるいは憧れ、の段階でストップしていて、恋愛関係に至ったことなんてホントに数えるくらいしかない。でも、たまにはこういった文章も読んでみたいでしょ? あ、それから、出てくる名前は全て仮名なので、そのつもりで。

と、その前に1曲(^^;。

んー、最初に好きになったコは、父の転勤でドド田舎からド田舎に引っ越したとき、かな。ドド田舎からド田舎へちょっとグレードアップはしたものの、住んだ場所が町外れで通称「北ブロック」と呼ばれていた、そんな国鉄官舎に引っ越した。だけど、5歳児にそこから幼稚園までの通園は辛かろうと、父が出勤する時のクルマに乗って職場に行き、そこでまず職場のストーブに火を入れた後に、父の職場の同僚の娘の家に行って、そこから通園するようになった。その娘が かすみ ちゃんだった。

かすみ ちゃん宅は朝食の最中で、その中にお邪魔することになったんだけど、かすみ ちゃん家族もよくそういう申し出を快く受けれてくれたもんだ。かすみ ちゃんの朝食が終わった後、同じく近所の ひかり ちゃんと一緒に幼稚園に通ったんだけど、その時は かすみ ちゃん以外は目に入らなかったな。小学時代の音楽の授業で、オルガンを弾くことになったんだけど、その時に「あんたは かすみ ちゃんの家で練習させてもらいなさい」なんて指示を受けた。表情は渋々だったが、内心は喜んだものだった。で、練習に向かったのもつかの間、かすみ ちゃんは他の友達とどこかに遊びに行ったらしく、仕方なく かすみ ちゃんの母親に教えを乞うという予想外の出来事に唖然としたものだった。しかし、そのおかげでオルガンの課題は弾けるようにはなった。ただ、かすみ ちゃんに教えてもらえなかったことが不満だった。

また、小学時代には町内で2度の引っ越しをし、最初は木造平屋の官舎。長屋と言ってもいいかもしれない。そこは、玄関を出てすぐのところに結構な広さの広場があって、子供会主催のキャンプなどはそこで行われていた。そうじゃない時は年上の兄ちゃんたちが野球をやっていたりと、放課後や休みの日などはいつでも子供たちの歓声が響き渡る、そんな場所だった。また、冬場の体育はスキーの地域だったので、スキーに慣れるべく、吹雪の中その広場の外周をスキーを履いて歩きまわり、あー疲れたってんで、雪に穴を掘ってその中に入って軽く横になったのだが、その時一気に眠気が襲ってきたんだよなー。軽く寝たのかもしれない。とにかく家に帰って石炭ストーブを背負うようにして暖を取っても、体の芯から冷えていたんだろうな、全然暖かくないの。

そのことを母に言ったら「あんたそれ、死ぬところだったんだよ」とこっぴどく怒られたっけ。

その木造平屋の官舎から、鉄筋コンクリート5階建ての国鉄アパートに引っ越したんだよな。まぁ、アパートの前の道路も子供たちには遊び場になっていて、やっぱり放課後とか休みの日などは きゃぁきゃぁ と歓声が響いていたっけ。アパートの周囲には芝生を敷いたスペースが数か所設けられたのだが、そこで男は野球(三角ベース)に興じ、ピッチャー、バッター、キャッチャー、1塁、2塁、3塁の場所に当たるところは、いまだに芝が剥げていた。30年経ってもまだその痕跡が残っていたことが、嬉しいようでもあり、悪いことをしたのかもしれないと思ったこともあり・・・。で、「ホームラン」が出たら、その球を取りに駅構内の線路の中に分け入って、球を拾ったらすぐ逃げる、そんなことを繰り返していた。まぁあれだ、その辺に住む奴はみんな何かしら国鉄(現JR)関係者だったから、列車の怖さ的なものは知らず知らずのうちに身についていたんだろうな。

・・・、話が脱線した。
小学時代の子ども会、私の学年では男は私だけだった。多かれ少なかれ、その時の女尊男卑的な環境は未だにどこかで引きずっているような気がしないでもない。だって、高校だってもとは女子高で、クラス45人中男子10人、なんていう環境だったし、長く務めたシゴト場だって、女性の方が多かったんだもんよ。イニシアチブだっていつの間にか女性に取られてしまっていて、男性には発言権はあまりなかったようにも思えるもの。

さーて、小学時代から一気に現代に来たが、また小学時代に戻ろう。
基本は かすみ ちゃんだったが、どうも私は惚れやすいのかもしれない。背の順番で並んだ隣の大柄な せんり ちゃんも「いいなー」なんて思ったりもしたし、席替えで隣になった えみ ちゃんにも「いいなー」なんて思ったこともあったが、それでも基本は かすみ ちゃんだった。

中学に上がってしばらくは、かすみ ちゃんだった。ただ、想いを伝えるようなことはなかった。他の男子が かすみ ちゃんを好きなんだって、なんて噂を本人に伝えることがあって、でもかすみちゃんは「あたしにはその気はない」と返され、「ということは片思いか~」で終わったんだけど、その時に「じゃボクはどう?」なんて聞いたら、どんな反応が返ってきたろうか。


でもやがて、かすみ ちゃんの存在は私の中でフェードアウトしていった。その代り、小学校では同じクラスになることがなかった あき ちゃんの存在が増していった。頭もいい、足も速い、ピアノが上手、それに可愛い、とその時の私にとって、とても眩しい存在だった。

また一曲挟むか。

ただ、今もそうだけど、まず私に好意を抱いてくれる人ってのが信じられなかったんだろうな。特に女子に対しては。中学時代、休み時間はほとんどの場合、窓に近付いてずっと外を眺めていたんだ。そしたら あき ちゃんが話しかけてきた。「何見てんの?」「んー、別にー」。

その他にも、当時の私は鉄道、鉄道模型などに興味を持っていて、機会がある度にそういう話をしていたら、あき ちゃんが「汽車のこと教えてよ」なんて聞いてくる。分かりやすいように話そうにもどこから話せばいいのか分からない。だから「まず、旅客列車と貨物列車があって・・・」とそんなところから話そうとしたら、級友の たかぼー が「特急の名前じゃないの?」なんて横から口を挟んできて、「あ、たかぼー の方が詳しそうだね」なんて言って去っていったり、と思えば あき ちゃんが給食当番の時、私はいまいち体調が優れなくてあまり食欲もなかったから、そのあき ちゃんに「あまり多くよそらないで」なんて言ったら「沢山食べないと大きくなりませんよ」なんて返してくる。「いや、ボクはもう十分に大きいから(^^;」。

その他にも、部活で卓球をやっていて、何か視線を感じるなぁと斜め上を見たら、2階の廊下と繋がっているバルコニー状の廊下(?)の手すりに頬杖をついている あき ちゃんがいて、目が合ったら、手を ぶんぶんぶん と振ってきたり、学校帰りに本屋に立ち寄り立ち読みをしていたら、気が付くと「シマ」の向こう側に あき ちゃんがいたこともあったし、とどめがアパートの共同玄関の中で待ち伏せをされていたり、と、今思い返すだけでこれだけ「想い」を私に送って来てくれていたんだな、と思う。が、その好意というのが信じられなかったし、それを受け止めるだけの度量もなかったかもしれない。かと言って、私からアプローチする勇気もなかった。

ひょっとしたら、人生最大のモテ期がその頃だったのかもしれない。

そして高校進学。私も あき ちゃんも、工業都市のちょっと頭の良いヤツが通う高校へ志望したのだが、私は模擬テストの結果が奮わず、結局担任に「志望ランク落とした方が良いんじゃね?」なんて言われてしまう始末。結局その通りにしたんだけど、それでも 汽車 に乗っている間は あき ちゃんと一緒だ、なんて思っていたのだが・・・、あき ちゃんの想いは冷めてしまったようだった。

進級した私は、1つ学年下の まき ちゃんと かずみ ちゃんのコンビになぜか慕われ、休み時間ごとに「せんぱーい」、学校行事で隠れてサボっているところを見つかって「せんぱーい」と、とにかく不思議と隠れていたら必ず見つけられて「せんぱーい」だった。それはそれで面白かったし、彼女たちも決してブス山さん、なんて感じじゃなかった。が、高校卒業とともにその不思議な関係も終わりを迎えた。

また、放課後で帰りの汽車の時間まで結構余裕があるときは、電器店に遊びに行った。そしたらお姉さん店員の、確か さいとう さんが、この冷蔵庫で宝探しをしないか? なんて遊びを振ってきた。収納力に優れた冷蔵庫のキャンペーンだったのかもしれない。目的のお宝を見つけ出し、それでもらった粗品はホッチキス。オレンジ色のそいつはいまだ現役。


専門学校時代は寮暮らし。寮と言っても、マンションの一部屋を二人でシェアする、なんて感じだったな。
そんな寮仲間の2人と、小柄だった いとう さんが、「一緒に遊ばない?」なんて誘ってくれたこともあったが、その機械を完全にシカトしたことがあった。何があったのかまでは覚えていないが、とにかく不愉快なことがあって、その時はめちゃくちゃ機嫌が悪かったんだよ。

また、ゲーセンなどにも結構通った。脱衣マージャン相手に考え込んでいたら、「あーやっぱり」と声を掛けてきたのが みか さん。夜もそこそこ遅かったんで何か進展でもあるかな、なんて思ったけど、彼女はいつの間にか姿を消した。それ以来、何の接点もなし。

また、専門学校を卒業してその流れで就職したのが土建屋だったんだけど、その際、年齢不詳の じゅんこ さんに可愛がってもらえた。とにかく行動が可愛かったし、容姿だって美人と言ってもいいレベルだったと思う。
その じゅんこ さん、まずベルが鳴る前に電話の受話器を取ったり(驚)、事務所にいない人の机の引き出しを開けるときに、その引出しにノックして「入っていますか?」と聞いたりと、とにかく可愛らしい人だった。

その じゅんこ さんに熱いお茶を「敏感な部分」にこぼされたことがあって、それを見た先輩や上司は、「じゅんこ さんに色々レクチャーしてもらえ」とはやし立てられたけど、結局何もなし。

その後退職するに至り、次のシゴト場に潜り込んだら、そこは女性の天下だった。さすがに深夜勤務の場合は男性の方が多かったけど。その日勤と夜勤が業務の引き継ぎをするときに構ってもらうことが多かった たかよ さんは好みにびったり一致した人だったけど、さっさと結婚して退職しちゃったり、きくの さんは、毎日どこかで「どんがらがっしゃーん」と轟音を発したりと、個性豊かな人がたくさんいて、みんな好きだった。

また、外回り担当の女性もいろんな人がいたなぁ。
毎日同じ時間に同じ道路を走っていたら、大体決まった場所ですれ違う人、なんてのも現れてくるんだ。仕事の合間にそういう事を話したら、すれ違うたびに ぶんぶんぶん と手を振ってくれるようになったり、焼肉パーティの時なんかも下ネタを交えたきわどい話に好んで乗ってくる美人さん、なんて人もいたりと、ホントに個性豊かで楽しい人ばかりだったな。

特に際立つのが やーまだ さんだったり ともねーさん だったりするんだけど、やーまだ さんは常識を知った上でわざとその常識に反抗するような服装をしたり、髪だって「ヅラ被ってんの?」と思うくらいに前日と髪の毛の色が変わっていたり、とある音楽関係ではかなりブイブイ言わせていたりしたとかで、色んなことを教わったっけ。また、転職活動に失敗し、失意のどん底にあった私に肉をごちそうしてくれたり、その時に「もっと先のこと」もお願いしたら応えてくれていたかもしれなかったりと、とにかくパンキッシュで優しい人だった。

ともねーさん は、似顔絵を描いたら多分、メガネのレンズが渦巻き状、なんてイメージが強くって、話を聞けば、暇なときはビールを飲みながらプラモデルを作る、なんて話していて、この人は外見は女性だけど中身は男だな、なんてことも思ったな。

あと、ものすごく強烈な印象を残してくれた人として いのうへ さんが挙げられる。いのうへ さんのイメージは、加賀まりこを数発殴って庶民的にしておばさんパーマをかけた人で、笑顔の口から見えるのはのこぎりのような歯、かな。なんでもピアノを弾くそうで、仕事が上がって家に帰ったら電子ピアノにヘッドホンを繋いで弾きまくるのだそうな。だから、仕事上でどうしても尋ねたいことがあったら、FAXで送ってくれ、なんて言っていたなぁ。あと、いのうへ さんは、私の知る限り、モデル体型、と言っても過言ではないくらいに、体のラインがきれいだった。特に脚が。

そんな いのうへ さんに見とれていたらちょっかいを掛けてくることも多数あったし、ヒット&アウェイで湿布を貼っている首にチョップを見舞って笑いながら去っていったこともあった。また、会社の駐車場においては、目が合ったらヤバい。やおらエンジンを がおらがおら 吹かして轢き殺しにかかってくる。逆に私が彼女の車の進行方向で体を大の字に広げて通せんぼをしたこともあるし、お互いに知った上でのそういった悪ふざけも楽しかったなぁ。

ピックアップした人の他にも、私だけに優しい態度を取ってくれたりしてくれた人もいた。
そんな人たちは今、どこで何をしているんだろうなぁ。また会いたいなぁ。

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