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2013年4月

2013.04.30

何故走るんだろう?

私はシゴトとシゴトの間はほとんどが早足 or 駆け足だ。でも、いつからそんな習慣が身に着いたんだろう?

10月に10日でクビになった会社ではそれが祟り、外回りで、品の回収業務の際、その品を取りに戻る際に走っていたら、雨で濡れたコンクリで足を滑らしてスっ転んだ。その際に手首を痛めた。

他所から来た社長は、私の雰囲気で「あいつ、いつか絶対シゴトの途中でケガするぞ。早めに切っておいた方がいい」と、社長に進言したらしい。


その後、日雇い派遣でゴミの回収のシゴトをした。冬場のことだ。住宅街は道が狭い上に雪が降ってさらに狭くなっていて、ゴミ回収車が入れない場所もある。そんな場所は、基本的に駆け足だった。ただでさえ足場が悪い上、ゴミの種類によっては、持ち方でバラけてしまうこともある。バラける前に回収車に乗せちまえ、とそこでも走り、ゴミを取りに行くときも走った。その合間に、またコケた。普段運動していなかった私は、走って回収車に乗り込んで、回収車から飛び降りて走って、とその繰り返しで、頭に血が上らなくなって、回収車の中では死人になっていた。

初シゴトがそんな感じだった。シゴト中は気持ちも張っていて何も感じなかったのだが、シゴトが終わって日当を受け取りに行く時点で、もう足が動かなくなっていた。膝の曲げ伸ばしが非常に苦痛で、階段の上り下りでやたらと時間が掛かった。

その痛みを「忘れさせてくれる」クスリとしてドラッグストアでロキソニンを手に入れたのも、これがきっかけだったりする。


でも、そんな経験が功を奏したのか、歩くシゴトをするようになっても、足にはあまりダメージを感じることはなかった。まぁ、念の為、ロキソニンを飲んでいたこともあったが・・・。


そして今のシゴト場だ。そこはやたらと広いんだ。シゴトに使う物資を調達しようにも、それの在りかが離れていることもある。だから走る。上司から「走らなくてもイイよ」と言われても、どうしても走ってしまう。私の性格が せっかち だからか? なので、シゴトの途中でダラダラしているのを見たら、「走れコラ」と言ってしまいたくなる。幸い、まだ口に出したことはないけど。

中学時代は卓球をやっていて、ちょっとは体育会系なのか、なんてことも思ったりするけど、基本的に私は、ホントは何もしたくない人間なのだ。ズルいことをして楽をしたい。メンドくさいの嫌。好きなことだけやっていたい。まさに、伊武雅刀の「子供達を責めないで」に歌われる子供そのものなんだな。

ん? ということは、「世間体を気にしてしま」って、全力で取り組んでいるフリをしているだけなのか? うわ、自己分析したら嫌になってきた。

でも・・・、やっぱりシゴトの現場に入ったら、走ってしまうんだろうなぁ。

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2013.04.29

このまま消滅?

今のシゴト場に入ってから、毎日コンスタントに1万歩、歩いている。胸ポケットに入れたスマホの万歩計機能がそう示している。そのせい、なのだろうか。目に見て分かるくらいに痩せてきた。

まず、昔買ったズボンがまた履けるようになった。そして、クスリの影響で太った時期に買ったベルトの穴が足りなくなり、ドライバーで穴を新たに開けたが、それでもまだ足りなくなりつつあるような。おかげで、ベルトの半分はもうただ腰に巻かれているだけ、な状態だ。

また、私は180センチ超で、体重は太っていた時期で80キロに手が届きそうなくらいだったのだが、多分今は、70キロを切っているような気がする。測っていないので、電機量販店に行った時にでも確かめてみようかとは思う。そんな訳で、腹がホントにペタンコになった。高校時代も、普通にしていても少し腹が弛んでいたのだが、今は弛んだ分の皮膚がダブついて、それで3段腹になっていたり。そういう訳で、ヘソが存在感を増している。

また、久々に会う人には必ず「痩せた? 人違いかと思った」と言われてしまう。これまでに、整形外科のおばちゃん看護婦さん、床屋のおばちゃん、メガネ屋のお姉さん etc 。


その他の体の変化としては、やたらと「ガス」が出るようになった。そしてその「ガス」が臭いのだ。
おケツがキレていたり、腹の調子が優れないときなどは「ガス」も臭いのだが、今はおケツもキレていないし、腹具合も別に悪い訳じゃない。脂肪が燃えているのかな?

あとは・・・、やっぱり摂取カロリーよりも消費カロリーの方が多いんだろうなぁ。
私は野菜サラダをよく食べるのだが、「それだと体がすぐガス欠になる」と言ってくれた人もいて、それで肉をなるべく摂るようにと心掛けてはいても、まだ消費カロリーの方が多いんだろう。シゴトの休憩時間でメシを食うとき、デザートとして甘い菓子パンも食べているし、さらにはシゴト場の自販機で売っているチョコ菓子を食べることもあるが、それでも、まだ消費カロリーの方が多いんだろうなぁ。

シゴト場の配置換えで深夜勤務になった分、運動量も減ったのだが、それでまた太ってきたりするのかな?


ひょっとしたら、病気かなんかか、なんてことも思ったが、特に体調が悪いとは感じない。いや、静かに進行して、病気だと気付いたときには手遅れ、ならそれはそれでイイんだ。体を張ったネタになる。それに、メンタルのクスリを飲んでいてストレス耐性が低い現状の私は、このまま消えてしまいたい、と思うことだって、未だにあるんだ。でも、自らその手段を行使できない。だから、もしヤバい病気なら、それでイイと思っているんだよ。


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2013.04.28

足の爪は伸びるのが遅い

去年の10月に10日でクビになった会社のトラウマ・・・、は心的外傷か、じゃ、目に見える形の「傷」が、未だ残っている。

それは、右足親指の爪。
どうやら、シゴトで使う劇薬が足先に落ち、それが靴を、靴下を貫通して、爪が焼けたような状態になった。当然、靴も靴下も、つま先はちょうど親指の爪の辺りに穴が開いた。

半年以上経って、やっと、爪切りでその焼けた部分が切除できるくらいまで伸びてきた。しかし、手の爪と比べると、足の爪は本当に伸びるのが遅いね。


今のシゴト場に入ってから手の指先がかなり荒れるようになって、しまいには荒れた部分が裂けた。しかし、絆創膏で保護しても、指先が荒れるようなシゴトをしていては、その絆創膏があることで微妙な感覚がスポイルされてしまう。ならばどうしたか。

本来ならドラッグストアで売っている水絆創膏で保護すればいいのだろうけど、まともな値段で買うと結構高いんだな、これが。試しにアマゾンで見てみたら、思った以上に安いのもあれば、ドラッグストアで見るのと大差ない値段のものがある。でも、やっぱりちーとばかり高いと感じてしまうのだ。

だから私は、100円ショップで瞬間接着剤を買ってきて、それを裂けた傷口、さかむけの部分に塗った。おぼろげな記憶では、医療の現場でも瞬間接着剤が使われていると聞いたことがある。実際のところ、水絆創膏も瞬間接着剤も、匂いを嗅いだらほとんど同じと感じたし、固まって傷口を保護する分には、使用感も大差ない。水絆創膏だって、傷口に塗るときには沁みて痛く感じたが、それは瞬間接着剤も同じこと。難点と言えば、瞬間接着剤だと、完全に乾くまで塗って盛った部分を放置しておかなければならないこと。でないと、塗って盛った部分と何かがくっ付いてしまう。皮膚同士がくっ付いてしまうと、ちょっと力技で痛い目に遭わないといけない。

完全に乾燥してしまうと、その部分は強固に保護されて、指先に裂けた傷口があったことすら忘れてしまえる。新陳代謝で、塗って盛った部分が剥がれてくるのは、水絆創膏も瞬間接着剤も同じこと。だったら、安い方でイイや、と、指先が荒れる度に、瞬間接着剤を盛るのだ。

正しい使い方じゃないのかもしれない。よっておススメはしない。そして、爪に薄く貼りついてしまった瞬間接着剤は、剥がれないんだな、これが。でも、そのことで何の支障もないので、伸びて爪切りで切れるまで放っておく。


・・・・・・、脱線した。
脚の爪は本当に伸びるのが遅い。ガキンチョの頃、冬に剣先スコップで雪を格闘して遊んでいたときに、間違って、思いっきりつま先にそのスコップを刺してしまったことがある。履いていたのはゴム長で、そのゴムも切れていなかったから、大したことないだろうと思っていたら さ に非ず。ウチに帰ってそのつま先を見てみたら、先に書いた劇薬が落ちた個所とほぼ同じ部分の爪の下に、赤黒いものが巣食っていた。でも、ちょっと鈍い痛みがあったことはあったけど、特に気にすることはなかった。

そして、やっぱり半年近く経ってから、かな。爪切りで切って、何もなかったようにきれいな爪になることができた。赤黒かったものは黒くなっており、その部分を切った爪から剥ぎ取ってみると、柔らかかった。多分、爪の下で出血していたのが固まって、爪の成長とともに押し出されてきたんだろう。

劇薬で焼けた爪は、手指で引っ掻いても変色した部分が落ちるようなことはなかった。その焼けた部分が完全に切り落とせるまで、あとどれ位かかるだろう? 完全に切り落とせたら、10日でクビになった忌まわしい記憶もちょっとは薄れるかな?

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2013.04.24

私は・・・

バカ、なのかもしれない。別に他人にバカにされることは気にしちゃいない。ただ、それを自覚するようになったら他人が思っている以上にバカなんだと思ってしまう。


私は派遣でとある会社に配属された。その2週間後に同じ派遣会社からS君がやってきた。そして、シゴト場が引越して、私もS君も一緒に新しいシゴト場で働くことになった。が、私が直上の人間に「経験していないことをいきなりやれって言われてもできない」旨を、キレて文句を言った数日後から、彼の姿を見なくなった。

また、引っ越してきてから別の派遣会社からやってきたMさんも、ここしばらく姿を見ていない。Mさんと一緒に作業しているときについ愚痴をこぼしてしまったのだが、ひょっとしたらそれが原因なんだろうか?

ちょっと妙な感じで私と関わった2人がシゴト場に来なくなってしまったのは、私に原因があるのか。それとも、このシゴト場が実は「泥船」ということを感づいて、さっさと逃げ出したのか。そしてそれが利口なやり方、かどうかは判断できないが。

正直に書くならば、私も逃げ出したい。ただ、背負ったモノが重くって、それが軽くなるまでは我慢しようと思っている。しかし、その荷物が軽くなったところで、転職するのが難しい年齢になってしまうのだが、どうしたもんだろう。

そして、やっとシゴトの流れの形を見出して、それなりに効率的に動けるようになったと思った矢先に、第二弾の引越しで、それまで別の場所でやっていた作業がこちらでやるようになったのだが、それを境にしてその新しい部署に配属された。が、やっと慣れたと思ったシゴトから、またゼロからやり直し、なんてのはホントに辛くて堪らない。肉体的にも精神的にも一杯一杯で、この新しいシゴト場に来た時以上に、辛いんだ。

さらには、シゴト場の方針の「新人大量投入」のおかげで、もう誰が誰だか分からない。先に書いたMさんだって、私たちを仕切っているエライ人が「最近Mさんの姿見かけた?」なんて私に尋ねてくる始末。なんで上司が下で働く人間のことを把握していないんだ?

疲れた。もう疲れたよ。


私はバカ、なのかもしれない。別に他人にバカにされることは気にしちゃいない。ただ、それを自覚するようになったら他人が思っている以上にバカなんだと思ってしまう。


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2013.04.21

ん? 安くなっている?

4月に入ってから、公共料金やモノの値段が上がる、なんてことを某日ニュースショーで見た、とそういう感じのを4月アタマにネタにしている。

通勤手段がクルマに限られ、昼から深夜にかけての勤務、という現状の私にって、ガソリンの値段が高くなるのは嫌だ。だから、燃料計の針が半分に近くなったらさっさと給油する、なんてことをしている。ちなみに、4月に入ってから4回給油している。最初は4月1日で、その時はセルフスタンドで、レギュラーガソリンの値段は154円だった。

が、値上がりにビクビクしていたら、逆に値が下がり、150円になった。また値上がりされちゃかなわんと、すぐに4月4日に給油した。だが、しばらくセルフスタンドで150円、というレベルが続いていた。そして数日前のシゴト場からの帰路。そこにあるセルフスタンドではレギュラーガソリンで151円と、ちーっとばかり高い値が付けられていたのだが、その日から146円、という値付けがされるようになった。

残念なのは、その前日に150円で満タンにしたこと。だけど、私が給油している出光のセルフスタンドでは、プリペイドカード使用でリッター当たり3円の値引きがされるので、それを利用して、ちょっと得した気分になっていたんだよな。

さて、この値付けが札幌近郊のセルフスタンドの平均的価格となるか、と思って様子を見ていたら、アジトの近所のセルフスタンドでは、150円だった価格が149円になっていた。・・・・・・、いや、そこのスタンドはほとんど使わないからイイんだけど、1円値下げってのはちょっとショボくね? いつも給油している出光のセルフスタンドも似たような値付けだったら、通勤路のスタンドで給油するか?

でも、こうしてガソリンの値が下がる理由が分からない。
アベノミクスの影響とやらで株価が上がり、円高だったのが1ドルが100円くらいまで円安になっている。そんな状況で、輸入品目の最たるものの石油関連の価格が安くなるのかが分からないのだ。試しに検索してみたら、値が下がる要因を述べている4月18日付けのニュースがヒットした。

ガソリン、6週連続値下がり 154円80銭


SankeiBiz 4月18日(木)8時15分配信

 経済産業省資源エネルギー庁が17日発表した15日時点のレギュラーガソリンの全国平均小売価格は、前週(8日)に比べ20銭安の1リットル当たり154円80銭と、6週連続で値下がりした。155円を下回るのは2月12日以来約2カ月ぶり。

 調査した石油情報センターは「外国為替相場の円安基調で調達価格は高止まりしているが、販売店同士の競争から値下げが続いている」と指摘。今後も小幅な値動きが続くとみている。

えーと、調達価格はやっぱり高いけど、販売店がお互いの顔色を窺って値を下げている、と理解したが、それでよろしいか? ということは、どこか元売の一社が「もう耐えられん」と値上げしたら、他の元売、そして販売店も値上げに動く可能性もある、のかな?

まぁ、さすがに暖房用の灯油は需要が少なくなりつつあるためか、値が下がっているけど、私のような深夜生活者は、まだ暖房機のお世話になっているんだよね。そのうち、クルマにポリタンクを乗せて灯油を買ってくることになるだろうけど、ひょっとしたらその灯油を買ったらしばらく買うことはないかもしれないな。

でも、ガソリンの値段のニュースを探していたら、こんなニュースも拾ってしまった。

北海道電、家庭向け11%値上げ 24日申請


2013/4/21 2:00 日本経済新聞 電子版

 北海道電力は、家庭向け電気料金の引き上げ幅を平均11%台半ばとする方針を固めた。24日に政府に申請し、9月の実施を目指す。本格的な価格改定は1981年10月以来。泊原子力発電所(北海道泊村)が再稼働せず、値上げもしなければ、2014年3月期中にも債務超過に陥る可能性がある。認可を必要としない企業向けも同時期に値上げする。

 経済産業省は25日に電気料金審査専門委員会を開き、値上げ幅の適正さなどの審…

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うー、深夜生活者にとって灯りはどうしても必要な訳で。ただ、アジト自体がそう広いものでもないので、パソコンデスクにセットしたZライトの電球をLEDに替えて、それをアジトの照明にもしているので、あまり電気は使っていない、と信じたい。今月引き落とされた電気料金は、もうちょっと節約したら2,000円を切れるレベルだった。あとは、枕元に置いてある調光式電気スタンドの電球を調光式に対応しているLEDに替えると、照明関係はほぼ完ぺき、かな。


政府は物価を2%上昇させるために色々な手を打って、ちょいインフレにしようとしているけど、長年 びんぼう 暮らしを続けていたら、なかなかカネを使う気持ちにもなれないんだな。まぁ、これから高くなるってんだったら、そうなる前に買っちまえ、という考え方もあるんだろうけど、あまり大きな買い物でもない限り、そんな行動はとれないような気がする私だ。


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2013.04.20

【Digital】どうもジャズは難しいなぁ【Archives】昭和61(1986)年7月5日土曜日 FM北海道 23:00~ セレクト ジャズ・ワークショップ ハービー・ハンコック特集

私にとってハービー・ハンコック(Herbie Hancock)は「ロックイットの人」であって、ジャズもやる程度の認識しかなかった。でも、名前を知っているならジャズの入門としてはちょうどイイかな、なんて思ったのだが、一つとして同じライブが無いように、同じ曲でも共演者やリリースされた年によって曲が全く違う雰囲気になっている、というのはやっぱりどうにも難しいような感じがして、なかなか手を出せないのだ。

それでも、ハービー・ハンコックのジャズの曲をネタにして、ハウス・ミュージックに仕上げるアーティストも存在する訳で。有名どころでは Cantaloupe Island を US3 なるアーティストが Cantaloop という曲にしているし、Watermelon Man は Mongo Santamaria がカヴァー(?)している。Mongo Santamaria はハウス・ミュージックじゃないか・・・。



私が知らないだけで、他にもジャンルを超えたカヴァーがあるのかもしれない。そういうカヴァーがあることは、ジャズの敷居をちょっと下げてくれた、なんて感じもあるんだけど、やっぱりなんか、難しい、というか、手を出しにくい、のだ。

今回のネタは、15歳のときの私と、今の私にとって「ロックイットの人」だったハービー・ハンコックのジャズ面を知るいいきっかけだったと思う。でも・・・、本格的に手を出すにはまだ抵抗があるんだよなぁ。何故なんだろう? ジャズと言っても、アタマに「フリー」と付いたら、思いっきり敷居が低くなるんだけどな。聞く分には、だけど。演奏するには、ジャズの基本を知っていないといけないんだろうけど。

01 Select Jazz Workshop 金子晴美MC
02 Select Jazz Workshop 金子晴美MC
03 Herbie Hancock - Three Bags Full
04 Select Jazz Workshop 金子晴美MC
05 Herbie Hancock - The Eye of The Hurricane
06 Select Jazz Workshop 金子晴美MC
07 Herbie Hancock - Maiden Voyage
08 Select Jazz Workshop 金子晴美MC
09 Herbie Hancock - Watermelon Man (1962)
10 Herbie Hancock - Watermelon Man (1973)
11 Select Jazz Workshop 金子晴美MC
12 Herbie Hancock - Chameleon
13 Select Jazz Workshop 金子晴美MC
14 Cabin 85 Mild 100S Mild CM


PS
こういう古いテープを再生してみると、今では見聞きできないCMを見聞きすることができて驚いたり、録音した番組が終わってもそのまま録音を続けていたらニュースがあって、その時代背景を感じることができて、これもまた面白いんだわ。この Select Jazz Workshop は日本たばこ産業株式会社が提供なんだけど、タバコのCMって今は流れないでしょ。14 の Cabin 85 Mild Cabin 100S Mild のCMなんて本当にカッコいいもんね。流石に吸いたいとは思わなかったけどね。ちなみに内容は、レーシングドライバー松本恵二さんをイメージしたもの。レースの世界でタバコメーカーは良いスポンサーだったんだけどなー。

スタート直前のエキゾーストノートだけが、グランドスタンドに響き渡る。観客は静かな興奮に酔っている。レーシングドライバー松本恵二のプレッシャーは極限に達する。彼は、五感をスタートシグナルに集中させる。

第一コーナーに向かって、何台ものマシンがかげろうの中に消えていく。全長5.91キロの鈴鹿サーキットは、S字、逆バンク、デグナー、ヘアピン、複雑なコーナーの連続だ。誰もがその日の主役を狙って、コーナーを攻める。攻める。

スピリチュアル・レッドがグランドスタンドを駆け抜ける。プレッシャーはちょっとしたエネルギーだ。

キャビン・スピリット、軽さに味があるキャビン85マイルド、キャビン100Sマイルド。


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2013.04.19

ツタヤのメールマガジンを何気なく見ていたら、申し込みをしてプリントアウトしたチケットを持ってホンダのディーラーに行って試乗したら1,000ポイントもらえるキャンペーンがあると知った。ならば、と思って申し込み、昨日・・・・・・、えーと、水曜日にあったことを日が変わる直前にアップしたから、木曜日のことだ、シフトの休みだったので、それを「馬ニンジン」というか、一里塚というか、とにかく木曜日のホンダ行きを楽しみにして、水曜日、一日の初めから躓いて、シゴト場に行きたくねぇ、なんて思いつつ、サボって連休にしてしまうのもアレだし、と小市民の小心が顔を出し、それで何とかその水曜日を乗り切った。

で、木曜、これはホントに昨日のことだな。我がアジトから比較的近いホンダディーラーで、N-ONE を試乗してきた。申し込みをした後に送られてきたメールを見ると、送り主は男性とも女性とも取れる名前。女性だったらイイなぁ、なんて思いつつも、若い兄ちゃんでクルマ関係のバカ話をできる人だったらまたイイかな、と思って件のディーラーの扉を開ければ、メールの送り主はおじさんだった。なんか、どっちの当ても外れてしまってがっくりしたのは内緒だ。

800pxhondan360して、N-ONE にはちょと思い入れがある。
というのも、ウチの最初のクルマがホンダの赤い N360 だったのだ。懐古趣味のつもりはないが、もし経済的にかなりの余裕があったなら、おもちゃとしてそんな N360 を手に入れたい、なんてことも考えていたり・・・。

Main_gallery_img_02確かに、N-ONE は N360 の雰囲気と似ている。が、似ているだけで、幼い頃に乗った時のワクワク感を感じられなかった。ウチのクルマが N360 だった頃は、ウチがまだドド田舎の国鉄官舎に住んでいた。お盆時期になると、そんな N360 の定員を無視して乗れるだけ乗り込んで、ド田舎のお墓まで行ったんだ。また、土地を借りて自家菜園みたいなこともしていて、その土地に入るために藪をぶち抜かなければならなかったのだが、父はそんなことお構いなしで藪を突っ切って、畑で採れた野菜を N に積み込んでウチまで持って帰ったものだった。

内装も簡素だったから、そんな「収穫」が終わった後は、シートなどすべてを取っ払って室内を水洗いしていた父の姿が記憶にある。

だけど N-ONE は、昔風の顔にしました、ってだけで、それ以外は燃費や環境性能を考えた「エコなイマ車」、としか感じられなかった。だって、トランスミッションは CVT で、アイドリングストップ機能もあって、そしてその他の快適装備、安全装備もほとんどついている、なんて感じで、もっとトンガっているものをどこかに感じられないか、なんて思いながらハンドルを握ってみたが、やっぱり「何でもついているイマ車」の一つ、としか感じられなかった。

横に乗ってくれた営業さん(メールを送ってくれた人)は「ターボもあるし、それは速いですよ」なんて仰っていたが、私は速いだけじゃダメなのよ。何かもっとワクワクしたいのよ。

私が今乗っているクルマは平成7年式で、私が乗り始めて10年経つ。64馬力のフルタイム四駆でトランスミッションはマニュアルだ。マニュアルのトランスミッションは「基本的には」クラッチを踏まないと変速できない。その変速が上手くいかない時もあれば、私自身の体調もあまり優れていないことを、クルマが教えてくれる。まぁそれは極端な例ではあるけれど、ゆっくり走りたいとき、燃費を無視して思いっきり吹っ飛ばしたいとき、等など、色々な場面で自分がエンジンを操っている、という感覚が欲しいのよ。

だから、走っているときはエンジン音が車室内に容赦なく入り込んでくるし、アイドリングのときだって、それなりの存在感を放っている。だけど N-ONE は、アイドリング時は、「エンジン回ってんの、これ」な感じだわ、走ったら走ったで、普通のオートマだったら変速ショックがあって、まだその分、「操る」気持ちを味わうこともできるけど、CVT じゃ変速ショックがない。それがどうにも気持ち悪いのだ。

その他にも、自分好みに手を入れたい、どこかをいじりたいと思っても、その余地があまりないように思った。いや、手はあるのかもしれない。けれど、そこまでして乗りたいクルマか、なんて思ってしまうのだ。

なので、私が次に乗るクルマの譲りたくない条件は、トランスミッションがマニュアルであること。そして、軽自動車。これは、自動車税の安さ、ランニングコストの安さが魅力、だったり。となったら、商用バンの軽自動車しかないんだよなぁ。

普通車だったら乗りたいクルマも少ないながらも存在するけど、普通車に乗る決心をするまでに軽自動車の「毒」が抜けるかどうか、大いに疑問だな。


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2013.04.18

What a ominous day

何をやっても裏目、何をやっても思い通りにいかない日がある。昨日がそうだった。

いつもより少し早く起きて外出し、野暮用を済ませてアジトに戻れば、共同車庫の入り口をふさぐようにマーチが止まっていた。すぐ戻るだろうと思い、我がクルマのエンジンを掛け、そのマーチにビッタリ張りついてホーンを鳴らしてみた。が、マーチの持ち主は戻らない。それで出勤前の10分を失った。結局、そのマーチの持ち主がいそうな部屋のドアチャイムを鳴らし、「マーチ邪魔だ。止め方少し考えろ。このバカやろう」と心の中で話し、現実では「マーチの持ち主の方ですか? クルマ出せないんで移動してもらえませんか」と話して、とりあえずは決着がついた。

だが、我が行動の邪魔されるのは、これが序章に過ぎなかった。
シゴト場でのエサを買いにスーパーに立ち寄り、食い物を調達して、ほとんど人が並んでいないレジに付いた。が、前の客はクソばばぁお婆さんで、レジに表示された1,000円ちょいを支払うのに、なぜそんなに時間が掛かるのか。と、それだけならばまだ良い。さらに我が気持ちの苛立ち指数が上がったのは、会計を済ませてレシートが発行された後に、スーパーの会員カードを出しやがった。

レジのおばちゃんも、一度お婆さんに手渡したレシートを再度返してくれるように頼んでいて、その直後に「隣のレジ空けますから」と、私が食い物を突っ込んだカゴを隣のレジに移動させた。それで、気持ち的には15分のロス。

シゴト場までは25キロ。昼間だと1時間はみておきたい、そんな距離だが、スーパーを後にしたのは出社時間のちょうど1時間前と来たもんだ。はー、早起きした時間が全てそれでパーになった。

まぁ、毎日ほぼ同じ時間帯で同じ道を走っていると、その道の流れ、リズムが分かってくる。それでちょいとばかり急いで、シゴト場駐車場着時間は出社時間までまだ余裕があった。それでさっきの邪魔されてイライラしていたのが少しは収まったかと思ったら、シゴト場で、あった。

昨日までやっていた通りにシゴトを進めたら、エライ人から「あ~、そのやり方ダメダメ。そういう風にやれって指示を受けたか? 最後のチェックの時にミスる可能性が大きいだろ」とツッコミが入った。まぁ、私はただの派遣社員だ。指示されたことは当然するし、気が付いたこともやるつもりだけど、上に立つ人によってシゴトの進め方の指示が違ったら、どの指示を信じていいのか分からないじゃないか。おまけに、すぐ上の社員の指示に従ってシゴトを進めた旨をそのエライ人に話したのだが、「それは確かか?」と信じてくれない。

おまけに、なんか人がいないなー、と思ったらやっぱり数人欠けていて、その分戦力ダウン。
現状でもギリギリな状態なので、戦力を補うために新人をどんどん入れたい、というのがエライ人の考えのようなんだけど、新人はすぐに使い物にならんだろーが。教育係は・・・、あーそーですかそーですか。どんな人間なのか分からないから、接し方も気を使う。女性の新人は、疑問点を「今話し掛けてもイイですか?」とワンクッション置いてから話しかけてくれるんだけど、野郎の新人は、こっちも手一杯でテンパりつつあるときに限って訳の分からないことを尋ねてきやがる。

言っている意味が分からない、何がしたい? と問い返せば、質問している方も何をやりたいのかを理解していない有様だったりする。まだ聞いてくるなら良い方だ。性質(タチ)が悪いのは、シゴトの重要性を理解していないまま自分の判断で進めてしまう新人、しかも、見た感じ私より年上と見た。その上さらに、私以上に人付き合いが苦手、なタイプと感じた。そんな状態だからして、打ち解けられるまでどれ位かかるやら。ただ、「共通の敵」を見つければ「共闘」できるんじゃないか、なんてことを、先のエライ人のツッコミで感じた次第ではある。

それにしても、1日の始まりから躓いて、それで、前日のシゴトでもクレームがあったと指摘され、さらにエライ人のツッコミ。モチベーションも下がってしまうよ。って、これは誰に愚痴ればいいんだ? 新人の一人は「あなたは話しかけやすい」と言って愚痴を吐き出してくれたけど、私は誰にその愚痴を吐き出せばいいんだ?


始めの二つの躓きで「シゴト行きたくねぇなぁ。サボるかぁ?」なんて感じた直感は、当たってほしくないけど当たったようだ。

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2013.04.17

何がどうしてどうなった?

私のメインパソコンは、未だ Windows XP である。そろそろ Windows 8 にアップグレードしたいなー、なんて思っても、どうやらこれまでに構築した設定や環境は、全てインストールし直し、ということになりそうだ。まぁ、メンドくさいけど、それはそれでいい。とりあえず、スペック的には問題あるまい。ショップブランドで、CPU は Intel Core2 Quad Q9650 @3.00GHz。メモリは目いっぱい盛ってもらって、4GB 積んでいるけど、この OS では 3GB までしか認識していない。HDD は 500GB のと 1GB の2枚掛け。ま、Windows 8 にするときは、SSD と一緒に買う、なんてやり方になるだろう。

それはさて置き・・・、フリーのアンチウィルスソフトをアップグレードしたせいなのか、それともその後にそのソフトの仲間のワンクリックメンテナンス、なんてものを入れたせいなのか、パソコンを起動したときに奏でられる「起動音」がしなくなった。ちなみにその「起動音」は、先代のパソコンで Sound Blaster にくっ付いてきたソフトをインストールしたとき、勝手に「起動音」が変わった(ように記憶している)、雷鳴の音だ。さらに付け加えると、終了時、シャットダウン時に奏でられるサウンドは、ゴジラの咆哮だ。


シャットダウン時にはゴジラが吠えてくれるのだが、起ち上げた時には、雷鳴が轟かないのだ。検索してみて、それらしい手を講じてはみたけど、なかなか思うような結果にならない。最後の手段として「システムの復元」を試みたのだが・・・・・・、アンチウィルスソフトをアップグレードした段階で、それ以前のシステムのチェックポイントが消去されてしまったようで、やっぱり思うような結果にはならなかった。

ネットに似たような質問が上がるってことは、同じようなことを体験している人がいるってこと、なんだろう。が、マイクロソフトのサイトに行っても「スタートアップ サウンドをオフに」という すっとこどっこい な方法が記されているだけで、何の役にも立ちきゃしねぇ。

コンパネ開いて「サウンドとオーディオデバイス」をクリックし、サウンドタブを開いて、Windows の起動をクリックして再生してみると、ちゃんと鳴る。だけど、シャットダウンして再びパソコンを起動させても、静かに立ち上がるだけなのだ。


だぁあぁあぁ、

面白くねぇ!!


どなたか、秘密のこんな方法があるぞ、とか、危険だけどやってみる? なんて情報をお持ちの方がいらっしゃったら、こっそりと教えていただけたら幸いである。いや、幸いです。

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2013.04.15

【Digital】アレはどうやるんだ?【Archives】昭和60(1985)年5(6?)月xx日?曜日 FM北海道 22:00~ サントリー サウンド・マーケット、ハービー・ハンコック&ロックイット・バンド来日公演

私が中学2年の頃、だから昭和59(1984)年のある土曜日(日曜日かもしれない)のこと。その日はうちに誰もおらず、日頃視聴を制限されていたテレビを見ていた。確か、笑っていいともの増刊号だったと思う。ハービー・ハンコック(Herbie Hancock)がゲストで、その通訳が小林克也さんだったようにも記憶している。

それらの記憶の中に最も鮮烈だったのは、ハービー・ハンコックがロックイット(Rockit)を演奏した時のことだ。ロックイットのカッコ良さもさることながら、彼の横でレコードプレーヤーの上にレコードを乗せ、それを手で前後に動かして「ずぎゅずぎゅずぎゅ」と音を奏でる「スクラッチ」なる技術、あるいは演奏技法があることを知ったときは「これどうやるんだ?」と思い、すぐにうちにあったレコードプレーヤー(電気蓄音機、だな~)に弟所有のルパン三世のドーナツ盤を乗せ、マネをしてみた。でも、テレビで見た通りの結果が出なかった。まぁ、そこでテレビ通りの結果が出ていたら、多分今の私の存在はもっと違ったものになっていた、かもしれない。

テレビでは手を前後に動かしているように見えたが、「針を横滑り」なんてこともしているんじゃないのか、と色々試行錯誤してみたが、どうにも上手くいかなかった。その結果、残ったのはちょっとした疲労感とレコードをかなりの傷物にしてしまった罪悪感と、聞くに堪えないほど傷だらけになったルパン三世のドーナツ盤だった。

大体、田舎のびんぼう中学生がスクラッチを見て驚いて自分もやりたいと思っても、まず、どうやればいいのか、どんな機材が必要なのか、それを知るにはどうしたら良いのかが、分からなった。当時読んでいたFM情報誌 FM STATION 誌の読者投稿欄にでもハガキを書いてみれば良かったかもしれないが、いずれにしても後の祭りだ。


スクラッチの仕掛けを知ったのは、専門学校へ進学して札幌に出てきて、市内の楽器屋をブラブラしていたときだった。二台のレコードプレーヤーの間にミキサーがあって、それを操作することであのような音が出るのだ、と知ったのだ。ただ、今も、スクラッチ用の音盤があるのかどうかは分からない。プレーヤーの回転部分、ターンテーブルの上には、ターンテーブルが回っていても手でレコードを小刻みに動かすことができるように、フェルトのような柔らかい素材が置かれていた。その素材には「Technics」の文字があったような・・・。今でこそリサイクルショップでそのようなDJ機材を見かけることも珍しくなくなったが、当時は、ただただ、珍しく思い、そして欲しく思った。が、仕送りしてもらう身の人間には、ターンテーブル2台とミキサー(アンプも必要かな?)を買うだけの経済力なんてある筈もなく。また同時に、CDでDJプレイができる Pioneer の機材を店員に強く勧められもしたが、結局手を出せず、現在に至る、と。

でも、そういうスクラッチでこういうことが出来ちゃうってんだから、凄いよな。

確か、楽器が買えない(扱えない?)人間が、レコードプレーヤーを楽器にすることを思いついた、ってのがヒップホップの始まりの要素の一つだった、なんて何かで見聞きした記憶があるな。でもそれは、初めてスクラッチをテレビで見てからかなり時間が経ってからのことだった。


さて、また田舎のびんぼう中学生時代に戻ろう。
ブラウン管で見たスクラッチ、耳で聞いた、それを用いたロックイットにいたく衝撃を受け、その音源を手に入れたいと思うも・・・、そこはそれ、田舎のびんぼう中学生、情報なんかもありゃしない。友達に聞いてもさほど興味がない様子。結局、頼みの綱はFM情報誌とFM放送に限られた。

そして、そのチャンスが訪れた。それが今回のエアチェック音源なのだが、おぼろげな記憶によれば、番組丸ごとの録音ってのは、これが初めてだったような気がする。一応、なけなしのこづかいの中から maxell のノーマルテープの中で、上から二番目のブランド XL1 をの60分物を手に入れていたのだが、やっぱりエアチェック初心者には60分テープで55分の番組を丸々録音することは難しかった。「ここぞ」というタイミングで録音を停止させ、そのテープをそのまま反転させて録音再開。すると、テープのA面の後ろの方(B面の初めの方)数分分、無駄になってしまう。なので、番組のキモである昭和60(1985)年5月17日金曜日に日本武道館で行われたハービー・ハンコック&ロックイット・バンドの内容は辛うじて録音できたものの、番組の最後、セットリストまでは録音することができなかった。

大体、この度のデジタル・アーカイブ化では、まず録音日時の記録、そしてFM情報誌の番組欄の切り抜きもない。あるのは、FM STATION 誌の番組欄の隅っこにあるカセットケースの背に入れる「HERBIE HANCOCK」の切り抜きと、ニューヨークらしい夜景がきれいなカセットレーベル、だけ。なので、この曲のタイトルは何だ? という当然の疑問にぶち当たり、その辺りの解決は YouTube にかな~りお世話になった。

また、番組であった「一昨年リリースしたアルバム『Future Shock』では、ニューヨークで生まれたヒップホップサウンドをいち早く取り入れ・・・」なんて言葉、そして「去る5月17日、東京九段の日本武道館で収録した・・・」という言葉から、1985年5月17日以降の放送だと分かる。が、それ以上の詳しい情報は、ググってもヒットせず。なので、1983年の「Future Shock」と、1984年の「Sound-System」を YouTube で「調べ」、ボーカルのバーナード・ファウラーが歌う前に言った曲目「Stars in Your Eyes」から、その曲がちゃんと存在するのかを確かめ、それで切り分けたファイルに名前を付け、MP3 のタグに入力して、ようやく作業が終了した。

多分、未だ「未発掘」のカセットテープの山の中にはこういうのがかなり存在するんだろうな。
いや、調べるのは別に辛くはない。ただ、時間がないんだな。ホントに年取ると、時の流れが早くなったと感じるわ。

01 Sony Liberty Star V44CD CM
02 Suntory Sound Market OP 西田珠美MC
03 Herbie Hancock & Rockit Band - Earth Beat
04 Herbie Hancock & Rockit Band - Sound-System
05 Herbie Hancock & Rockit Band - Future Shock
06 西田珠美MC

07 西田珠美MC
08 Herbie Hancock & Rockit Band - Stars in Your Eyes
09 Herbie Hancock & Rockit Band - Hardrock
10 Herbie Hancock & Rockit Band - Rockit


それにしても・・・、そのエアチェックのとき、もうちょっと窓に近いところにラジカセを置いておけばよかったよ。カセットテープの経年劣化のせいかもしれないけれど、音楽を聞いていてもその後ろに「しゃー」っとノイズが乗っているんだもん。とりあえず、札幌から半径50キロ圏内で、鉄筋コンクリート造り5階建ての4階に家があったから、窓に近付けただけでもその「しゃー」は軽減できたと思うんだ。ま、そのノイズも味っちゃ、味、かな。

ポチッとよろしく!

2013.04.11

キリ番げっと

キリ番げっと
ある種の大台突入。
いつまで、どこまで、この数値を伸ばしていけるだろう。

2013.04.10

疲れているようだ

勤務シフトにより、4月9日は公休となった。そんな平日の休日にやっておきたいことが結構ある。
しかし現実は、スマホの目覚ましアプリを幾度となく止めて、そのままずっと眠り続けた。その時間、およそ14時間。目覚ましを止めた時に、「ああ、メシ食わなきゃ」と思ったのも束の間、また布団に逆戻りし、そのまま眠り続けた。

肉体的な疲れならまだいい。でも、この対処しようのない眠さは、おそらく精神的なものから来ているものだと思う。

シゴト場で、大量の新人を「促成栽培」よろしく、理屈を抜きにして「アレやる、コレやる」と説明しながら手本を見せる、それがどうも新たなストレスとなっているみたいだ。

また、働く時間帯の違う人達とのシゴトに対する統一見解、というか、考え方、対処の仕方もバラバラで、何を信じて行動し、それを新人に伝えるか、そんなことも悩みの一つではある。

あとは、そんな新人の「動きの悪さ」も気に障るのだが、これは多分、私も新人の頃にやらかしていたことだと思うので、それを指摘するつもりはない。


ただ、もうちょっとテキパキとして欲しい。もうちょっと考えて欲しい。と、そう思うのだ。
そんな私も、この新しいシゴト場に来てまだ一ヶ月も経っていない。シゴトの内容だって、どれだけ理解しているのか不安だし、分からないことも多い。そんな状態で、新人を指導するのは本当に辛いのだ。

やっぱり、一人で完結するシゴトを ちゃっちゃっちゃっ と片付けてから、他の人が携わっているシゴトのサポートに回る、なんて方が、ワタシ的には気楽、なんだよな。このように考えてしまうのは、驕り、なのだろうか。

・・・、どれだけ持つかな・・・。
いや、借金返済のためにも、持たせなくてはいけないんだけれども・・・。

ポチッとよろしく!

2013.04.09

最近の若い者は・・・

なんでも、2000年ほど過去に彫られた文字を解読したら「タイトル」とほぼ同じような意味を読み取れた、なんて小ネタを聞いたことがある。そして、そう思ってしまうってことは、自分自身も「年寄り」の仲間になりつつあるのか、なんて考えてしまって、多少なりともゲンナリしてしまう。

さて、自虐的に「社会生活不適合者」や「浪人」等と自らを称していたが、幸運にも3年という節目を待たずして、とりあえず社会復帰を果たした。まぁ、派遣社員という形ではあるけれど。

そして、「社会生活不適合者」や「浪人」という響きが妙に気に入ってしまっているため、ネットの世界ではこのまま名乗り続けようと思う。

そんな私がなんとか社会復帰してから、どうにか一ヵ月半が過ぎようとしている。ホントは、スーツを着てデータ入力、週休2日制で土日祝日休み、時給950円というシゴトを紹介され、「是非やりたい」と答えたのだが、相手企業は他の派遣会社にも声を掛けていたらしくて、そっちの方の人材を採用したようだ。その代り、と言ってはちょっと語弊があるけれど、別の企業を紹介された。

そして、私服でその企業へ見学に連れて行ってもらい、その企業の方に色々質問をぶつけ、最後に「いつから来れる?」と聞いてきた。だから私は答えた、「可能であれば明日からでも」と。そうしたら、「じゃ、明日から来てくれるか」と話がまとまってしまった。

本当にやりたいシゴトをするには、どうも私のスキルが足りないっぽい。夢を叶えるには、コネもカネもない。日常生活を続けることが不可能に限りなく近づきつつあった私には、選択の余地はなかった。


そういう訳で、特に興味もなかったシゴトを始めた訳なのだが、やってみれば意外や意外、作業している間は時間を忘れてしまう。コミュニケーションスキルのレベルもそう高くない私には、意外と合っているシゴトだったのかもしれない。ただ、ミスを恐れるあまり、念には念を押すような「安全運転」で作業していたため、どうしても他の人よりも効率が悪くなってしまう。最初はそれでも良かったかもしれない。しかし、そのレベルで一向に改善しないままだと、正直、あまり長く続けられないかもしれない、なんてことも思っていた。

だが、先月下旬にシゴト場が変わり、それまでの仕事のやり方がほとんど通用しないシゴトに携わるように、というか、それまでの業務の効率アップを図るために引っ越しをして新しい部署を起ち上げる部隊に選ばれてしまっていたのだ。

だから、指揮を執る社員のエライ人も実際の現場に入ってみないことにはどう動けばいいのか分かっておらず、そんな社員が出す指示が日々変わるような試行錯誤の最中にまず私が「やったこともないことをいきなり指示されてもできません」とブチ切れた。が、その場は、私より2週間後に入った人が間に入ってなだめてくれたのだが、その数日後、その人が来なくなった。「あれ、彼は今日も休みだったっけ?」なんて思いながら、ブチ切れた直上の人(切れた少し後にちゃんと詫びた)に、「彼、どうしたんでしょう?」と問うてみれば、連絡が取れない、とのこと。

あちゃー、逃げちゃったか~、せっかくシゴトの流れ、形的なものが見えるようになってきたのに、もったいない、と思うのと同時に、愚痴る相手がいなくなったなぁ、なんてことも思ったっけ。

結局、新しいシゴト場の遅番での派遣社員で一番長い人間が私、ということになってしまったのだが、それだってまだ2週間だ。そして、エライ人はもっと人を入れる、と言っている。いや、いた。

私はと言えば、ようやく形になりつつあるシゴトをより上手く回すにはどうしたら良いか、なんてことを考え始めた矢先に、そんな新人の指導もしなければいけなくなった。本来なら、リーダー的な社員がそういう立場になり、まだシゴト歴の浅いぺーぺーの派遣社員は、ただ与えられたシゴトだけをやっていればいい、と考えていたのだが、どうもそうではないらしい・・・。

やれと言われないまでも、流れ的にそういう事になってしまっていて、さらに、その後も次々と新人が入ってきた。そこで疑問に思ったのだが、一回り、二回り年下の人間って、自ら考えることってできないのか。また、時間に追われる部分もあるのに、シゴト場の移動はダラダラと歩いている。少なくとも、私にはそう見えた。


ダラダラするな!


動線を塞ぐな!


なんて一喝したい気持ちにもなったが、このような一時の感情任せの指導(みたいなもの)は、新人にも、私自身にとってもメリットがないと思ってこらえている。が、シゴトがノってきた時に気の抜ける質問をされたり、新人が犯したミスの尻拭い、なんてことをやらざるを得ない状況に置かれると、どうしても気が立ってきてしまう。それじゃ行けないと思いながらも、気持ちが顔に出て、自らが醸し出す雰囲気が剣呑になってくると、そんな新人たちは私と距離を置く。これではいけないと思いながらも、にこやかに対応できるだけの気持ち的な余裕を、まだ私は持ち合わせていない。

でも・・・、そんな新人たちが、シゴトを覚えて、また、私が経験したことのないシゴトを経験して、成長していく様を見るのが嬉しく感じてしまう、なんて気持ちもあるんだよな。何なんだろうなぁ、私自身は、一人で完結するシゴトを自由にやらせてもらう方が性に合っていると思うんだけどな。


それにしても、このラジオ体操のように、躊躇なく命令できるだけの肝っ玉があればいいんだけどな・・・。

2013.04.07

だったら乗るな

私はクルマが好きだ。今の軽自動車に乗るようになってからは、その軽自動車が持つ「毒」に侵されて、少しずつ私の使いやすいように「改良」していった。これからも可能な限り乗り続けたいと思うし、時間とカネの余裕があれば、さらに「改良」を重ねたいと思っている。

だけど、軽自動車だというだけでナメられてしまうことも、事実として存在する。事少ないながらも、それは厳然たる事実だ。しかし、軽自動車と普通自動車以上のクルマとケンカしても、勝ち目は全く無いと言っても良いだろう。軽自動車が普通車以上に勝る点は、ひょっとしたら車重の軽さ、だけかもしれないな。あとは、小回りくらいか。

だけど、道路を走る以上、速度差があるクルマと遭遇したら、さっさと抜き去るか、あるいはとっとと先に行ってもらうかして、無駄に絡まない方がイイと思う。私は、それがお互いのためだとも思っているから。

そうは思っていても、やっぱりクルマの中で悪態をつきたくなる運転をする輩は、バックミラーの中に消し去ったと思っていても、逆にウィンカーを左に上げて先に行ってもらおうと思っても、粘着的に絡み続けるんだな。他に走っているクルマが結構いて、車線も複数あってその流れの速さが違うときは、その流れの間を泳ぐようにして「逃げて」、十分距離を置いたところでその道から外れる、なんてこともしたりする。

でも、車線が複数あって、それで工事だったり事故だったりで車線規制が敷かれる場合、軽だからとウィンカーを上げても入れてくれない、ケツの穴の小さい野郎もやっぱりいるんだよなぁ。悲しいことに。

何なんだろう、「鉄の箱」に入ることで自分が偉くなったとでも勘違いしてるのかしら? 1トン以上の鉄の塊を、本来なら自分の持っている力だけでは動かせない速度で動かしているという認識、想像力がないのかな?

それにしても、このニュースはあまりに酷い。酷過ぎる。
だって、嫌がらせをした相手とは無関係な人を殺しているんだもの。


「カチンときた…」暴走トレーラーで男性死亡 危険運転致死罪で起訴 捜査当局を動かした遺族の思い


2013.4.6 18:00 衝撃事件の核心

 東京都大田区で3月15日、軽乗用車を追い抜こうとして急ハンドルを切ったトレーラーの荷台部分が、対向車線を走っていた軽ワゴン車にぶつかり、運転手の男性が死亡した。警視庁は自動車運転過失傷害容疑で、トレーラーの運転手で福島県いわき市、運送業、佐藤賀津彦容疑者(45)を逮捕し、法定刑の上限が懲役20年となる危険運転致死容疑で送検。東京地検は4月5日、同罪での起訴にこぎ着けた。「カチンときた…」。佐藤容疑者の口から飛び出したのは、身勝手極まりない動機だった。(荒船清太)


悲しみに暮れる妻「処罰感情強い」

 「今も心が落ち着きません。夫のことはいまだに話せません。そっとしておいてください」

 死亡した横浜市鶴見区、自営業、渋谷崇さん(43)の妻は言葉少なにこう語った。渋谷さん夫妻は結婚した約20年前から生花店を営み、渋谷さんは事故当日の3月15日も、現場に近い大田市場に仕入れに向かっていて事故に巻き込まれ、命を落とした。

 「軽乗用車に抜かれたことにカチンときた」

 事故の2日後、捜査員から佐藤容疑者が動機をこう供述していると伝えられたが、妻は今もどう受け止めていいのかは分からない。渋谷さんが精魂込めて切り盛りしていた店は、渋谷さんの母と2人で続けていくという。

 「家族の処罰感情も強い」。送検段階で、自動車運転過失致死罪から危険運転致死罪に引き上げた理由を、捜査関係者はこう語る。ずさんな運転が招いた「死」という重い結果に、捜査当局は厳罰を科す姿勢を示すことで応えたという。

 事故は、3月15日午前10時20分ごろ、大田区南蒲田の片側2車線の国道15号で発生。トレーラーの荷台部分が対向車線にはみ出し、渋谷さんの軽ワゴン車に急接近した。

 予想外の方向からの衝撃に、渋谷さんはハンドルを切る余裕がなかったとみられる。軽ワゴン車は右半分の運転席と後部座席のドアがつぶれてちぎれ、渋谷さんの体も飛ばされた。即死だったという。

 トレーラーはそのまま逃走したが、約30分後、現場から約6キロ先の工業地帯で荷台部分が損傷したトレーラーが走っているのを警察官が発見。佐藤容疑者が容疑を認めたため、蒲田署は自動車運転過失傷害容疑で逮捕した。「仕事に行って戻ってこようと思っていた」。佐藤容疑者はこう弁明したという。


「嫌がらせ」で割り込み、急ブレーキ

 なぜ、見通しのいい片側2車線の直線道路で悲劇が起きたのか。それは、事故現場の約500メートル手前の交差点で、軽乗用車が加速しながら追い抜いていったことに腹を立て、佐藤容疑者がトレーラーを暴走させたことが発端だった。

 捜査関係者によると、佐藤容疑者は左側の走行車線で時速70~80キロに加速し、右側の追い越し車線を先行していた軽乗用車に追いつくと、急ハンドルで車線変更して前方に割り込み、「嫌がらせのために」(佐藤容疑者の供述)、急ブレーキを踏んだという。

 ところが、その弾みでトレーラーの荷台部分が右に急旋回し、制御できぬまま対向車線にはみ出し、渋谷さんの軽ワゴン車に衝突した。現場にはトレーラーのタイヤ痕が克明に刻まれていた。

 犬が尻尾を振るように荷台部分が急旋回する現象は、「スイング現象」と呼ばれる。スピードを出して急ブレーキをかけると、荷台の後輪がロックされ、車両との連結部分を起点に文字通り「スイング」してしまうのだ。

 捜査関係者は「大型車の運転手であれば誰もが知っている」と指摘する。


最長懲役20年「短絡すぎる犯行」に警鐘

 スイング現象に渋谷さんの死、ひき逃げ、さらに「カチンと来た」という佐藤容疑者の供述-。警視庁は重大な死亡事故とみて、送検段階で危険運転致死容疑に切り替え、捜査の指揮を蒲田署長から交通部長に格上げし、交通捜査課を中心に捜査を続けた。

 危険運転致死傷罪は、平成11年に東名高速で飲酒運転の大型トラックが乗用車に追突し、女児2人が死亡するなどした事故をきっかけに13年に新設され、死亡させた場合には最長20年の懲役が科せられる重罪。ただ、罪の構成要件が厳しく、適用が断念されることも少なくなかった。

 警視庁と東京地検は今回、佐藤容疑者の暴走運転が、同罪を規定した刑法208条の2のうち第2項の「妨害目的の運転」に当たると判断。さらに、「錯誤」という刑法上の理論を組み合わせることで、構成要件を満たしたという。

 妨害目的の運転は《人または車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入し、通行中の人または車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転し、人を死傷させた》場合を規定している。

 佐藤容疑者が腹いせに軽乗用車の前に割り込んだ疑いが強く、妨害目的は問題ないとみられるが、妨害の対象となった軽乗用車は渋谷さんの車とは異なる。

 ただ、捜査関係者は「刑法には、Aさんを殺害しようとしてBさんを誤って殺害した場合にも殺意が認められる『錯誤』という理論がある」と指摘する。この理論を当てはめ、「軽乗用車を妨害する目的で、渋谷さんの車に当たって死亡させてしまった」という形で起訴にこぎ着けた。

 「あまりにも短絡的な犯行。遺族としては殺人以上に悲しいことかもしれず、危険運転致死罪で立件する意義がある」。捜査関係者はこう強調した。

プロなんだろ? それでメシ食ってんだろ? 会社の看板背負ってんだろ?
こういう行為を行うってことは、過去にも同様なことを行っていたと想像できる。そういう嫌がらせをしている場面を見たとして、そのトラック、トレーラーに会社名、電話番号が書かれてあったら、私だったらその会社にクレーム入れるな。

抜かれることがそんなに嫌かね。だったらハンドル握らない方が良いと思うな。この運転手がどれだけの間塀の中にいるのか分からないけど、もし可能なら一生塀の外に出てきてほしくない。

2013.04.05

雪国の、この時期のギャンブル。そして風物詩的挨拶、「タイヤ替えた?」

私にはギャンブルの才能、賭才は無いに等しい。
むしろ、生きていること自体が賭け事のような気もするが、それはさて置き・・・。


この冬は、晩秋からいきなり真冬になり、それが3月半ば位までずっと続いていたような気がする。3月も、冬将軍の力も徐々に衰えてきて、暖かい日もあるかと思えばまた寒い勢力が盛り返す日もある、なんて具合で、なかなか雪解けも進まなかった。でも、街道は除雪、排雪も行われ、比較的早い時期からアスファルトの路面が露出していた。

しかし、そこそこ交通量がある市道であっても、まぁクルマが走るアスファルト路面は露出していても、路肩には埃や砂塵、ゴミなどが凝縮されて真っ黒になった、かつて白い雪だったものが未だ存在感を放っており、本当に雪が無くなると2車線の道路も、まだ1.5車線のまま、だったりする。

これが住宅街の路地になると、一応、市の補助で町内会単位で年に一度だけ、除雪、排雪作業が行われるのだが、その後にまた爆弾雪が降ると、その効果も後戻りしてしまう。我がアジトが存在する町内会では2月中旬に排雪作業が行われる筈だったのだが、近所の建築工事のせいかどうかは判断できないけど、その予定された日にちに排雪が行われなかった。シゴトから帰ってきてアジトへ通じる路地に入ろうとしたら、「げ、排雪されてない。今日じゃなかったのかよ」と悪態を、ね・・・。

えてしてそういう路地は、スキーのモーグル競技用の斜面のような凸凹だらけで、どこにタイヤを乗せれば少ないショックで攻略できるか、が楽しみでもあったり。


んで、アスファルト路面が顔を出しているそれなりの市道からそんなモーグル路地に入るためには、その厚く積もった雪の上に「どっこらせ」とクルマを乗っけなくてはいけない。まぁ、それ自体は大した行為ではない。しかし、近所の建築工事絡みで、朝早くからその路地に大型トラックが入っては、建築資材を運び込んだり、使わなくなった足場を運び出したり、なんてことをしていたのだ。その結果、厚く積もって締まった雪がちょっとの暖気で緩んでしまい、そんな路地を半ば無理矢理そんな大型車両が通るものだから、その結果、深い轍ができてしまうのだ。

そんな路地から、アジトが入るアパートの共同車庫にバックで入れようとすると、その轍が思いっきり邪魔になる。ハンドル切っても曲がらない。何とか車庫入れのためのアプローチラインに乗せると、今度は轍と本来の雪面とのギャップが「ガリガリガリ」と我がクルマの腹を擦るのだ。あまり精神衛生上、よろしくない。なので、これは私の主義というか、美学というか、そんなものに反するのだが、アタマから共同車庫に突っこんで、車庫内で方向転換して我がクルマが収まるべきスペースにピッタリと止める、なんてことをしていた。この方が「ガリガリガリ」の度合いも少なかったし。

しかし、そんな路地の雪(だったもの)もほとんど姿を消した。そして4月4日はクリニックの日で、シゴト場に休みの申請を出していて、それが通っていた。

ならば、やるのは今しかない。って、タイヤ交換だ。
予定では午前中にクリニックへ行き、アジトに戻ってきてからタイヤ交換をしようと思っていたのだが、思いっきり寝坊し、クリニックへ時間の変更をしてもらうための連絡を入れ、ならばその前に交換しちまえ、と敢行するに至ったのだ。

とりあえず、タイヤ袋に入れてアジト内保管していたタイヤをまず外に出し、それから階下の共同車庫へ下ろし、スタッドレスタイヤから夏タイヤに履き替えたら、その逆の作業を行った。一応、時間を計って作業してみたのだが、タイヤの上げ下ろしと、車載のパンタグラフジャッキでの車体の持ち上げ下ろしで、30分ちょい、かかった。それはそれで仕方あるまい。

タイヤのアジト内保管は、過去にその共同車庫で無防備に積んで置いたスタッドレスタイヤを盗まれた経験によるものだし、ガレージジャッキを入手しようにも、それをアジト内にいかにもな感じで置くにはあまりに違和感があり過ぎる。かと言って、車載と割り切ろうにも、ガレージジャッキって結構重くね? そして、我がクルマの小さなカーゴスペースには保険と称した満タンの 20L ガソリン携行缶が鎮座ましましているため、必然的にガレージジャッキが置けるスペースは車室内に限られてしまう。

とは言え、後部座席は袋に入ったオイル缶やウォッシャー液をシートベルトで固定してあり、その他の座面も電動エアポンプや CD-R を入れたカセットボックス、その他ガラクタを置いてある。じゃ、床面はといえば、運転席後ろの床には、水を詰めたウーロン茶のペットボトル数本と長靴があり、助手席後ろには工具箱とブルーシートがある。

じゃ、ガレージジャッキやめにして、油圧のダルマジャッキならどうかと思ったんだけど、ちとローダウンしている我がクルマのジャッキポイントと地面との間に上手く収められるかどうか・・・・・・。今度測ってみるか。


という訳で、とっととタイヤ交換してしまった私。
しかし、シゴトの時間は午後から深夜まで。そして通勤コースは25キロ弱。その通勤路も雪解け水でここの所ずっと濡れている。もしも季節外れの雪が降ったり、夜に思いっきり気温が下がったりすると、なかなかスリリングな体験をすることになる、んだろう。その辺は、これまでに培ったナニで何とかしようと思っている。逆に、雪が降ってくれた方が、シゴト場の広大な駐車場で遊べる、なんてことも思ったり。

ちなみに・・・、昨年12月30日夜に、6年物のブリヂストンは BLIZZAK REVO 1 155/65R13、それの右後輪を、タイヤぺちゃんこになったまま走ってダメにして、結局夜もやっていたガソリンスタンドで、使いたくもないのにクレジットカードで、ダンロップは WINTER MAXX 155/65R13 を、組み換え、バランス取りで56,000円也で手に入れたのだが、まぁ、6年物の BLIZZAK REVO 1 と比べること自体酷なのかもしれないけれど、思った以上に違和感はなかった。というか、限界を超えてもその動きが分かりやすいというか、ロックさせても止まれる、なんて安心感すらあった。まぁ、技術は進歩するんだねぇ、ってことで。それにつけても・・・、パンクに気付いた時点でスペアタイヤに替えておけば、パンク修理だけで済んだかもしれないのに。そう考えると、えええええ、自分の不甲斐なさ、判断の甘さに腹が立つ。そしたら、BLIZZAK をボウズになるまで履き潰してやろう、なんて考えていたのにな。


で、夏タイヤに替えたら・・・、そのタイヤが少しばかり空気圧が足りていなくても、クラッチミートの瞬間から軽く感じた。片道25キロではあるけれど、ほぼアスファルト路面でスタッドレスタイヤでも、まぁまぁ良い燃費を示してくれた。夏タイヤで、交通量の少ない夜はエコランに徹したらどんな燃費を叩き出してくれるのかがこれからの楽しみでも、ある。

2013.04.03

ウソ? ホント?

このタイトルでネタにするには、ちょいとばかりタイミングを逸した感もあるけど・・・。

先月末に某ニュースショーで、4月1日から電気料金などを始めとして、色々なものの価格が上がる、なんて旨のことを伝えていた。

アベノミクスの影響とやらで株価が上がり、経済が徐々に上向きになってきているようだ。賃金を上げる、という企業も取り上げられていた。良いことだと思うが、当地の企業でもその流れに乗れるのかどうか分からない。まぁ、時給の派遣社員の身分じゃ、その恩恵も受けられそうもないけど。

そして、円が安くなった。
多くのものを輸入に頼っているニッポンだと、外国から物を買うとき、それまで以上にカネが必要になるってことだ。するってーと、現在のニッポンは、まともに動いている原子力発電所は片手で数えても余るほどしかない。なので、ほとんどを火力発電でまかなっているのだが、その燃料調達のコストが上がる、んだろうな。そして、その上がった分のコストを電気を使っている我々に負担させよう、ということなんだろう。

納得できるかどうかは別にして、まぁ理屈は分かった。ならば、ほとんどを輸入に頼っている石油を原料とする品の値上げもあるんだろう、多分。という訳で、月が替わる前に我がクルマに燃料をしこたま食わせてやろうと思ったんだな。いつも行く出光のセルフスタンドでは、レギュラーガソリンで154円だった。私はプリペイドカードを使っているので、とりあえずリッター当たり3円の値引きが適応される。という訳で、レギュラーガソリンをリッター当たり151円で満タンにした。

しかし、驚いたのは翌日だった。ほとんど利用することもない近所のセルフスタンドの燃料価格表示看板を見たら、レギュラーガソリンが150円だった。しかし、その値をつけている同じ元売のセルフスタンドでは154円だったりする。この差は一体・・・。スタンドを経営する会社の方針によるものなのだろうか。それとも、規模? いずれにしても、値上がりする前に買っとけ、と思っていたら、逆に値が下がった

安い時に買い、高くなったら売る、なんて株のデイトレードで、思惑が外れて逆のパターンにハマり、損こいてしまった人も同じような気持ちなんだろうか。

ただ、ネットのニュースによれば、元売の一つ、昭和シェルが3月の石油製品卸価格の改定幅を発表した、とある。これは3月に値を上げた、ということを発表しただけなのか? それとも、これからも値を上げる、ということの予告みたいなものなのだろうか?

昭和シェル、ガソリン卸価格0.4円引き上げ…3月


レスポンス 4月2日(火)9時0分配信

2013040200000010rps0000view昭和シェル石油は、3月の石油製品卸価格の改定幅を発表した。

3月のガソリン卸価格の全国平均は前月と比べ、1リットルあたり0.4円引き上げた。

軽油の卸価格は1リットルあたり0.7円引き上げ、灯油は5.0円引き下げた。

《レスポンス 纐纈敏也@DAYS》

安くなってくれないかなぁ。だって、10年前はレギュラーで100円切っていたんだぜ。一番安くて90円をも切った看板も見たことがある。軽自動車乗りのびんぼう人にとって、それはすごく嬉しいことで、ガソリンが安いことをいいことに、ただ走るために走る、なんてことをしたものだけど、それからはご存知の通り じりじり と値が上がり、5年前の夏には、レギュラー185円という狂乱価格が付いた。が、それが天井だったのか、ほぼ半年後にはその価格の半分近くまで値が落ちた。

でも、それからはやっぱり じりじり と値上がり、値下がりを繰り返し、そして現在に至ると。

うーん、水を張った鍋にカエルを入れて、とろ火でゆっくりと水温を上げて行くと、そのカエルは「もう限界」と思って飛び出そうとするも、既に足の組織は熱で壊れてしまっていて、ジャンプしようにもできない、なんて話を聞いたことがあるけど、ひょっとしたら私のような びんぼう人 もそのカエルと同じなのかもしれない、なんて思ったりした、そんな夜明け前。

あ、そういえば灯油は値が下がっていたなぁ。驚きの100円超え、だったのが、そのレベルを切っていたもんな。さすがに、18L のポリタンクにいっぱい詰めても1,000円にならない、なんて昔のレベルまでは下がらないだろうけど。

2013.04.01

Terehonn Box in the Snow

Terehonn Box in the Snow
雪の中、この公衆電話は誰を待っているのだろう。
夜遅い時間に、この公衆電話は誰を待っているのだろう。

歩道は雪で閉ざされ、近寄ることも、さらにはそのドアを開けることもできない。
近くにバス停もあるが、そのバス停も雪に埋もれていて、利用者がいるのかすら疑わしい。

ここは海沿いの、倉庫が建ち並ぶ大型倉庫団地。
道は唸りを上げて走る大型トラック街道。ドライバーだって携帯電話を持っていない人を捜す方が難しいと思われる。

雪に埋もれながらも、夜には照明が点くも、もはやその存在意義を見出すことは難しいんじゃあるまいか。

雪の中、この公衆電話は誰を待っているのだろう。
夜遅い時間に、この公衆電話は誰を待っているのだろう。


ひょっとしたら、こういうものに目を向ける、私のような物好きを待っていたのだろうか? とすると、私はこの公衆電話に取り憑かれてしまったのか。

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