夜、走る
私には、理性で抗うことができない衝動が湧き上がることがある。
夜中に、人口密度が極めて低い土地を貫く道に行く。これが一つ目の衝動。
そしてもう一つは、右足に力を入れ、五感を研ぎ澄ましながらすっ飛ばす。
この二つの要素に、さらに「荒天」という要素が加わると、理性のブレーキが吹っ飛んでしまう。
BGMは邪魔なだけだ。
エンジン音、排気音、ボディのきしむ音、タイヤが路面を掴む音、縦G、横G、回転モーメントに五感を集中させて、完全クローズ状態での実力を 100% とするならば、70~80% の力で山道をすっ飛ばした。
しかし、荒天だったのはアジト近郊だけのようで、目的の道はほとんど乾いていた。まぁ、それがツいていたのか、ツいていなかったのかは分からない。ハイビームにしてカーブの中ほどまで来て、出口へのラインが「確定」したら、右足に力を入れ直すのだ。が、その瞬間、闇の中に光るものが目に入った。右足をずらしてブレーキ。鹿だった。路肩にたたずみ、こちらを凝視していた。
その瞬間、鹿とケンカして負けた知人、他数名の話が頭の中を回り出した。
北海道の背骨、日高山脈を貫く日勝峠の上り線、積み荷を積んだトラックなどのための登坂車線がある3車線区間で、まさにカーブの真ん中、中央線辺りに鹿がいた、という話をしてくれた知人。対向車線には切れ目なく繋がるクルマ、かといって登坂車線には真横にトラックが。その状態の中で、奇跡的にもどの車も鹿と絡むことなくその場を去ることができた。
従兄と知人は、もろに鹿とケンカして廃車の憂き目に遭った。
去年の夏に面接に行ったカスタムカーショップでは、社長が若いメカに尋ねていた。「お前、シルビアどうしたのよ?」「いやぁ、鹿とぶつかっちゃって、リアバンパーもげちゃったんスよ」「どこでよ?」「支笏湖線」「支笏湖線に鹿が出るってか? 聞いたことねぇぞ。片目のセリカなら聞いたことあっけど、あんた、知ってる?」「(そのタイミングでこっちに振るか?)抜かれたら必ず事故るんですよね」「おっかねぇなぁ。夜、バイクで飛ばせねぇなぁ」。
支笏湖界隈での怪談、都市伝説みたいなものに「片目のセリカ」というのがある。私が高校生のときにはもうそういう伝説があったから、そのセリカはおそらく TA22 だろう。が・・・、TA22 は丸目4灯だしなぁ。
それらのことが頭の中でフラッシュバックし、出力70~80% を 60~70% にちょっと抑えた。そしたら、またカーブ出口、道路の真ん中にいた。こやつは子狐か。とにかくブレーキ。そして、対向車線に大きくはみ出してその子狐を避けた。
二度あることは三度ある、とはよく言ったもので、三度目の遭遇はまたしても鹿だった。ハイビームが届く光の向こう側に、光る点が2つ。目がヘッドライトの光を反射しているのだ。とにかく、変な動きをしないでくれと願いつつ、とにかくゆっくりとその鹿の横を通り過ぎた。幸いだったのは、野生動物との三度の遭遇がいずれも単体であったことに尽きると思う。これが群れだったら、特に鹿の場合、一頭が道路を渡り始めたら、その後に続く群れは安全確認をしない。野生動物に安全確認を求めるのもナンセンスなんだけど、でも、なんでそんなに野生動物との危険な接近遭遇が増えたんだろう?
こちとら、人気のないところでひっそりと吹っ飛ばしたいだけなのに、人の代わりに野生動物に注意ってか。確かに「野生動物の飛び出しに注意」と黄色地に黒で跳ねる鹿(キツネもあったかな? クマのは写真の通りだけど)が描かれた看板が設置されているけど、こうも接近遭遇してしまうとね・・・。私の、夜の密かな楽しみも野生動物に脅かされるってか。嫌だなぁ。衝動を発散させたいだけなのに。だから荒天を選ぶのに。安心してすっ飛ばすことができるのはトンネルの中だけ、なのかもしれないな。
もし、ドライブレコーダーがあったとしたら、その動画をどこかにアップしていたかもしれない。あ、すっ飛ばしているシーンを見られたら、炎上するかしら?
最近のコメント